リミックス

極楽湯中無常談

2026年1月18日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

熱を帯びた蒸気が、視界のすべてを乳白色の虚無へと塗り潰している。江戸の街外れ、あるいは地の果てともつかぬ場所に佇む銭湯「極楽屋」の脱衣所で、若き勘平は師である万五郎の講釈を拝聴していた。万五郎はこの世のあらゆる不条理を「最善」という名の鋳型に嵌め込む天賦の才を持っており、湯船から立ち上る不浄な垢ですら、宇宙の調和を保つための不可欠な成分であると説いて憚らなかった。
「よいか、勘平。この世に無駄な熱など一つもないのだ。あそこで老いぼれが湯にむせて、派手に湯を撒き散らしているのも、それによって板の間が適度に湿り、我らの足の裏が火傷をせずに済むという深遠な理法ゆえのこと。この世はすべて、これ以上望み得ぬほど完璧な秩序の上に成り立っておる」
万五郎がそう言い終えた瞬間、脱衣所の戸が荒々しく蹴破られた。火事か、あるいは天災か。なだれ込んできたのは武装した役人の一団であり、彼らは「最善の秩序」を維持するためという名目のもと、全裸の客たちを無差別に捕縛し、勘平を極寒の外気へと叩き出した。

勘平の放浪はここから始まった。彼は「最善」を求めて、戦火に焼かれる村々を抜け、疫病が蔓延する港町を彷徨った。道中、彼はかつての馴染みであった遊女のなみえに再会した。彼女はかつての面影を失い、梅毒と飢えによって皮膚は剥がれ落ち、まるで熱湯で茹でられた大根のような無惨な姿に成り果てていた。
「勘平さん、これも万五郎先生の言う『最善』なのかしらね。私が鼻を失ったのは、世界中の香料商人が商売を続けるための必然だったのかしら」
なみえの自嘲に対し、勘平は震える声で答えた。
「然り、なみえ殿。貴女の鼻が失われなければ、誰かがその空隙を埋めるための慈悲を学ぶ機会を失っていたはずだ。万五郎先生なら、この欠落こそが宇宙の対称性を完成させるとおっしゃるだろう」
二人はその後、狂信的な説法師による公開処刑を辛うじて免れ、黄金でできたという伝説の理想郷「金山国」へと辿り着いた。そこでは住民が皆、無垢な顔をして互いを褒め称え、争いも飢えも存在しなかった。しかし、そこには「語るべき物語」もまた存在しなかった。完璧な幸福とは、個人の輪郭を融解させる単調な地獄に他ならなかった。勘平となみえは、黄金の小石をポケットに詰め込み、再び泥濘と悪臭に満ちた元の世界へと舞い戻った。

幾多の災厄を経て、二人がようやく辿り着いたのは、東の果てのうらぶれた共同浴場であった。そこには、片腕と片目を失い、見るも影もなくなった万五郎が、やはり以前と変わらぬ朗らかな口調で、他愛もない世間話に花を咲かせている姿があった。
浴場の中は、相変わらずの喧騒であった。一銭の価値もない自慢話に興じる隠居、隣の客の背中の入れ墨を品定めする若衆、湯船の中で放尿した子供を叱る母親。そこにあるのは、崇高な哲学でもなければ、救済を待つ絶望でもない。ただただ剥き出しの肉体が、互いの体温を不快に感じながらも、同じぬるま湯を分け合っているという、卑小で猥雑な日常の風景であった。

「先生、ついに悟りました」
勘平は、垢を擦る石を手に取りながら万五郎に言った。
「リスボンが大地震に見舞われようが、異端審問で生きたまま焼かれようが、あるいはこの湯船が誰かの小便で濁ろうが、それは世界の最善とは何の関係もありませんでした。我々が金山国で見た黄金よりも、今ここで背中を流し合っている一刻の気まずさの方が、よほど真実に近い」
万五郎は、ただ一つの残された眼を細め、湿った天井を見上げた。
「左様。理屈は常に後からついてくる。我々がすべきなのは、宇宙の真理を論じることではなく、この冷え切った湯を温め直すために、薪を運び続けることだ」

なみえは、崩れた顔に手拭いを当て、静かに湯に浸かっていた。彼女の隣では、見知らぬ老婆が「最近の若者は礼儀を知らない」と、世界の崩壊など微塵も気にとめない様子で不平を漏らしている。
勘平は、かつて憧れた輝かしい知性や、世界を統べる巨大な摂理といった幻想を、風呂桶の底に沈めた。そして、手にした石を力強く握りしめ、万五郎の不潔な背中を擦り始めた。
「さあ、先生。理屈はいいから、まずはその汚い垢を落としてしまいましょう。世界を救う前に、この板の間のヌメリを掃除しなければなりません。それが、我々に残された唯一の、そして最も完璧な義務なのですから」

外では、新たな戦争の足音が聞こえ、暗雲が空を覆い尽くそうとしていた。だが、極楽湯の蒸気の中に閉じ込められた彼らにとって、それはもはや、湯加減の善し悪しを左右する一要素に過ぎなかった。万五郎の論理は、自らの肉体の崩壊をもって最終的な証明を終えたのである。この世界は、それ自体が巨大な、修復不可能な欠陥を抱えた浴場であり、そこで溺れずに済む唯一の方法は、沈黙して目の前のタイルを磨き続けることだけなのだ。
蒸気はさらに濃くなり、彼らの輪郭を溶かしていく。それは最善でも最悪でもない、ただ単に「そこにある」という事実だけが支配する、冷徹なまでの安息であった。