リミックス

黄粱の永劫、或いは灰燼の祝祭

2026年1月18日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 書物の山に囲まれ、蠟燭の芯が爆ぜる音だけが静寂を刻む深夜。老学究ハインリヒは、机上の羊皮紙に最後の一行を書き加えようとして、その指を止めた。そこに記されたのは、全知を求めた果ての、あまりにも空虚な結論であった。「私は何一つ知らぬということを、ついに確信した」。神学、法学、医学、そして忌まわしき錬金術。あらゆる叡智の深淵を覗き込み、言葉という言葉を食らい尽くした彼に残されたのは、魂の渇きと、死を待つばかりの老いた肉体という牢獄に過ぎなかった。

 その時、部屋の隅の影が不自然に伸び、一人の旅人が音もなく現れた。その男は、西域の異端の僧のような身なりをしながらも、瞳の奥には底知れぬ嘲笑を湛えている。男は「呂」と名乗り、背負っていた古びた袋から、不思議な光沢を放つ磁器の枕を取り出した。両端に穴の開いたその枕からは、微かに沈香の煙が立ち上っている。
「ハインリヒ、お前が求めているのは、文字の死骸ではない。生そのものの熱狂であり、永遠に留めておきたいと願うほどの『瞬間』であろう」
 呂は、傍らの小さな鼎で黄色い粟を煮始めながら、冷徹な笑みを浮かべた。
「この枕に頭を預けてみるがいい。粟が煮え上がるまでの僅かな間、お前に全宇宙の悦楽と、お前が夢想したあらゆる極致を与えよう。もし、その夢の中で、お前が『時よ止まれ、お前はあまりに美しい』と叫んだなら、その魂は私のものだ。だが、もしお前が満足せず、虚無のまま目覚めたなら、お前に若さと真の叡智を授けよう」

 ハインリヒは、自嘲気味に鼻で笑った。一生をかけて得られなかった「満足」が、粟を煮る束の間の夢にあるはずがない。彼は賭けに応じ、冷たい磁器の枕に重い頭を沈めた。

 意識が枕の穴へと吸い込まれた瞬間、冷え切った書斎の空気は消え去り、彼は眩いばかりの光の中に立っていた。そこは唐の都、長安を思わせる絢爛豪華な宮廷であった。ハインリヒ――いや、今は「盧生」と呼ばれる若き官吏となった彼は、類稀なる才知を武器に、権力の階段を駆け上がっていった。
 戦場では異民族を平らげて英雄と称えられ、朝廷では皇帝の寵愛を一身に受けて宰相の地位に就く。その傍らには、かつての書斎で憧れた、清純と毒婦の二面性を持つ絶世の美女が控えていた。彼は富を築き、子孫を繁栄させ、この世のあらゆる栄華を掌中に収めた。
 だが、その絶頂の最中、彼は陰謀に陥れられ、流刑の憂き目に遭う。死の淵を彷徨い、再び名誉を回復し、さらなる高みへと上り詰める。その数十年におよぶ起伏の激しい人生の波は、ハインリヒの魂を激しく揺さぶった。彼はもはや、自分がドイツの陰気な書斎にいた老学者であることを忘れかけていた。

 やがて、夢の中の彼は八十の齢を数え、死の床に伏していた。窓の外には、黄金色に輝く広大な領地が広がり、愛する者たちが涙を流しながら彼の名を呼んでいる。その時、彼の胸を突き上げたのは、これまでの辛苦も、裏切りも、血に塗れた功績も、すべてはこの一瞬の充溢のためにあったという、猛烈な肯定感であった。
 人生のあらゆる断片が、完璧なジグソーパズルのように組み合わさり、一つの巨大な意味を成した。彼は、これまで決して口にすることのできなかった、魂の底からの叫びを解き放とうとした。
「時よ止まれ! お前はあまりに……」

 言葉が完成する直前、視界が激しく歪んだ。
 肺に流れ込んできたのは、芳醇な花の香りではなく、古びた羊皮紙の埃と、僅かな粟の炊ける匂いだった。
 ハインリヒは、硬い磁器の枕から頭を上げ、呆然と周囲を見渡した。書斎の蠟燭は、夢に入る前とほとんど変わらぬ長さを保っている。目の前では、呂が悠然とした手つきで、煮え上がったばかりの黄色い粟を茶碗に盛っていた。

「夢はいかがであったかな、ハインリヒ」
 呂の問いに、ハインリヒは震える手で顔を覆った。数十年にわたる重厚な人生の記憶が、指の間からこぼれ落ちる砂のように、急速に実体感を失っていく。愛した女の肌の温もりも、戦場での鬨の声も、宰相としての矜持も、すべては粟を煮る数分間の幻影に過ぎなかった。
「……私は、叫ぼうとした。あの一瞬のために、永遠を差し出しても惜しくはないと。だが、目覚めてしまった。これは私の負けなのか、それとも勝ちか?」

 呂は、湯気の立つ茶碗をハインリヒの前に置いた。その表情には、神の慈悲も悪魔の狡猾さも介在しない、ただ絶対的な「真理」の冷徹さがあった。
「お前は叫ばなかった。ゆえに、魂の契約は成立していない。約束通り、お前に若さと叡智を授けよう。お前はこの瞬間から、再び青年となり、夢で得たあらゆる教訓を抱いて、この現実の世界をやり直すことができる」

 ハインリヒは、自分の手を見た。しわがれ、シミに覆われていた老人の手は、瑞々しい張りと力を取り戻し、血潮が力強く脈打っている。鏡を覗き込めば、そこには知性と野心に燃える若き日の自分の姿があった。
 しかし、ハインリヒの心に湧き上がったのは、歓喜ではなく、峻烈な絶望であった。
「若さ? やり直すだと?」
 彼は気づいてしまった。夢の中での五十年間、彼は確かに「生きて」いた。そこにあった苦悩も歓喜も、彼にとっては紛れもない真実だった。しかし、目覚めた今、それは「無」に等しい。そして、これから彼が歩もうとする「現実」の数十年もまた、全能の存在から見れば、別の鼎で粟を煮る間の、さらに大きな夢に過ぎないのではないか。

 現実が夢を規定するのではなく、あらゆる生の営みが、上位の存在が炊き上げる一碗の粥の付け合わせに過ぎないという真理。ハインリヒが手に入れた「真の叡智」とは、自らの人生が、どれほど長く、どれほど充実していようとも、それは本質的に「中身のない器」であるという、逃れようのない確信だった。

「どうした、若者よ。粥が冷めるぞ」
 呂は促したが、ハインリヒは動けなかった。
 彼は若返った肉体という皮肉な牢獄の中で、永遠に失われた「夢の中の満足」を渇望し、同時に、これから味わうであろうすべての現実の喜びを、未だ食べぬうちから「幻」として呪うことになった。
 究極の満足を求めた男に与えられた報いは、満足そのものが存在しないことを知るという、終わりのない覚醒であった。

 ハインリヒは、目の前の黄色い粟を見つめた。それは黄金のように輝いて見えたが、一口啜れば、それはただの無味乾燥な穀物に過ぎないことを彼は知っている。
 書斎の外では、夜明けを告げる鴉の声が響いた。それは新たな一日の始まりを告げる福音ではなく、止まることのない円環の歯車が軋む音であった。呂の姿はいつの間にか消え、ただ磁器の枕だけが、冷たく、滑らかに、そこに取り残されていた。