【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
パッシーの初夏の朝は、いつも穏やかな光に満ちている。窓外にはセーヌ川の緩やかな流れが銀色に光り、庭園のマロニエが重たげな白い花を揺らしている。しかし、私の老いた眼には、その美しい風景も、手元の書簡に躍るインクの文字も、どちらかが必ず霞んでしまう。このもどかしさは、年月が私に課した最も煩わしい税金のようなものだ。
食事の席を思い出す。向かいの客人の顔を見るためには遠視用の眼鏡をかけ、皿の上の肉を切り分けるには近視用の眼鏡に架け替えねばならない。眼鏡を外しては掛け、掛けては外す。その度に会話の腰が折れ、私の鼻梁は銀の重みで赤く擦れる。賢者ぶるつもりはないが、人生の貴重な時間を、このような些末な動作に費やすのは耐え難い苦痛であった。
そこで、私は一つの解決策を形にした。
今朝、ロンドンの旧友ジョージ・ワトリーへ宛てた手紙の中で、私はその成果を書き記した。机の上に置かれた、奇妙な造作の眼鏡。それは、一つの円形の枠の中に、上下二つに断裁されたレンズが同居している。上半分は遠くの景色を、下半分は手元の書記や読書を司る。
最初にこの着想を眼鏡屋に持ち込んだ時、職人は怪訝な顔をしたものだ。一つのレンズを半分に叩き割り、別の焦点を持つレンズと繋ぎ合わせるなど、光学の調和を乱す冒涜だとでも言いたげであった。しかし、実際に仕上がったこの「二重眼鏡」を鼻に乗せた瞬間、私の世界は再統合されたのだ。
顎を少し引けば、ワトリーへの手紙の末尾が鮮明に浮かび上がる。そして視線を少し上げれば、窓の向こうで忙しなく働く庭師の姿が、あたかも昨日の若さを取り戻したかのように明瞭に見える。もはや、眼鏡を求めて机の上を探り回る必要はない。視線を上下させるだけで、私は二つの世界を自由に行き来できる。
老いとは、自由を一つずつ手放していく過程だと言われる。私の脚は痛風に蝕まれ、体内に宿る石は時折激しい苦痛を強いる。だが、知性によって失われた身体機能の一部を補うとき、私は人間が神から授かった最大の武器が何であるかを再確認する。この小さなガラスの破片の組み合わせが、老いゆく者たちの視界を救い、日々の暮らしをどれほど豊かにすることか。
手紙にはこう書き添えた。私はこの眼鏡のおかげで、フランスの食卓での会話を以前よりもずっと楽しめている、と。美味しい料理を眺め、同時に相手の表情を読み取ることができる。これこそが、科学がもたらすべき真の幸福ではないか。
窓を叩く風が、パッシーの森の香りを運んできた。私は再びペンを執り、インクを浸す。視界の下側で文字を追い、ふとした瞬間に視界の上側で初夏の緑を愛でる。この二つの焦点が交わる境界線こそが、今の私の生きる場所なのだ。
参考にした出来事:1785年5月23日、ベンジャミン・フランクリンが友人のジョージ・ワトリーに宛てた手紙の中で、遠近両用眼鏡(バイフォーカル・レンズ)の概念と利便性について初めて詳細に説明した。