空想日記

5月25日:星々の咆哮、光の神話

2026年1月18日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

一九七七年、五月二十五日。ロサンゼルスの空は、抜けるように青く、そして不気味なほどに凪いでいた。ハリウッド大通りのアスファルトは、初夏の暴力的な日差しを浴びて、陽炎を揺らしている。私は今、チャイニーズ・シアターの前に並ぶ、異様なほど長い列の中にいる。

当初の目的は、単なる暇潰しに過ぎなかった。数ヶ月前から業界の噂で耳にしていた「二十世紀フォックスの厄介者」が、ようやく陽の目を見るという。監督のジョージ・ルーカスが、撮影現場での心労で倒れかけたとか、特撮の遅れで予算が膨れ上がったとか、芳しくない話ばかりが先行していた作品だ。SF映画など、子供騙しのスペース・オペラに過ぎない。ベトナム戦争の影を引きずり、ニクソンという傷跡を抱えた我々アメリカ人にとって、今さら銀河の冒険など、現実味のない御伽話に思えた。

だが、劇場の前に集まった群衆の熱気は、私の予想を遥かに超えていた。列はブロックを二周し、人々はまるで何か聖なる啓示を待つ信者のように、じりじりとその時を待っている。隣に並ぶ若者は、興奮を隠しきれない様子で「これは、映画の歴史が変わる瞬間だ」と繰り返し呟いていた。私は鼻で笑い、汗を拭った。映画の歴史を変えるのは、スコセッシやコッポラのようなリアリズムの旗手たちであって、レーザー銃を振り回すカウボーイではないはずだ。

午後二時、重厚な扉が開かれた。冷房の効いた劇場内へ流れ込む人々の群れ。座席に深く身を沈めると、暗転の瞬間に訪れた沈黙は、肺を圧迫するような重みを持っていた。

そして、その瞬間が訪れた。

二十世紀フォックスのファンファーレが鳴り響いた瞬間、劇場の空気が震えた。これまで何度も耳にしてきたはずのあの旋律が、今日に限っては、壮大な叙事詩の幕開けを告げる号角のように聞こえる。漆黒のスクリーンに黄金色の文字が浮かび上がり、宇宙の彼方へと吸い込まれていく。ジョン・ウィリアムズの咆哮するようなオーケストラが、私の鼓膜を突き破り、直接魂を揺さぶり始めた。

度肝を抜かれたのは、その直後だ。画面の上端から現れた、巨大な、あまりにも巨大な宇宙戦艦。スター・デストロイヤー。その船体は、数秒経っても、十秒経っても終わりが見えない。圧倒的な巨大感。細部まで作り込まれた機械の集合体。それはもはやスクリーンの向こう側の出来事ではなく、私の頭上を実際に通過しているのではないかという錯覚に陥らせた。劇場内の観客が、一斉に息を呑む音が聞こえた。誰一人として、ポップコーンを咀嚼する音すら立てない。

そこからの二時間は、魔法の中にいた。
光り輝く剣を振るう騎士、砂漠の惑星に住む孤独な青年、冷笑的な密輸業者、そして黄金の肌を持つ無礼なロボット。描写される世界は、かつてのSF映画のような「清潔で無機質な未来」ではなかった。汚れ、錆びつき、使い古された「生活の匂い」がする銀河だった。酒場の喧騒、エンジンが噴き出す煙、レーザー光線が空気を焦がす音。それらすべてが、圧倒的な実存感を持って迫ってくる。

悪の権化、ダース・ベイダーが現れた時、劇場の温度は確実に数度下がった。黒い仮面の下から漏れ出る、機械的な呼吸音。その圧倒的な威圧感に、私は自分がただの観客であることを忘れ、反乱軍の兵士の一人として、恐怖に震えていた。

デス・スターの狭いトレンチを駆け抜けるクライマックスでは、座席の肘掛けを握る手に指紋がなくなるほど力がこもった。プロトン魚雷が排熱口に吸い込まれ、巨大な要塞が宇宙の塵と化した瞬間、劇場は爆発した。

拍手ではない。それは、魂の底から絞り出されたような叫びだった。人々は総立ちになり、見ず知らずの隣人と抱き合い、あるいは涙を流しながら、スクリーンの向こうにある奇跡を祝福していた。私もまた、気がつけば立ち上がり、喉が裂けんばかりに歓声を上げていた。冷笑的な批評家気取りの自分は、どこかへ消え失せていた。

映画が終わった後のハリウッドは、先ほどまでとは全く違う世界に見えた。夕闇に包まれ始めた街の灯りが、まるで遠い銀河の星々の瞬きのように思える。劇場を出た人々は、誰も帰ろうとしない。彼らの目は輝き、さっき見たばかりの冒険を、まるで自分たちが体験してきた実話であるかのように熱っぽく語り合っている。

これは単なるヒット映画の誕生ではない。今日、私たちは新しい神話の目撃者となったのだ。ベトナムの泥沼で失った誇りや、冷え切った社会への不信感。それらを一瞬で浄化し、善が理不尽な悪に打ち勝つという、最も原始的で、最も気高い物語。私たちは、それを必要としていたのだ。

帰りの車の中で、私はラジオをつけた。どの局も、この映画の熱狂を伝えている。アナウンサーは興奮した声で「これは社会現象だ」と繰り返している。

家に着き、この日記を書きながら、私は今もなお、フォースという不思議な力が自分の指先に宿っているような感覚に浸っている。明日の朝、ロサンゼルス・タイムズの一面には何と書かれるだろうか。だが、活字など何の意味も持たない。あの劇場の暗闇で、千人の観客が共有したあの「震え」こそが、すべての真実だ。

一九七七年、五月二十五日。
今日、映画は死に、そして、永遠に生き続ける神話へと生まれ変わった。
スター・ウォーズ。その名が歴史に刻まれるのを、私は確かにこの目で見た。

参考にした出来事:1977年5月25日、映画『スター・ウォーズ』(後に『エピソード4/新たなる希望』と改題)が全米32館で公開。当初は小規模な公開だったが、圧倒的な視覚効果と古典的な神話をベースにした物語が観客を熱狂させ、全米で社会現象を巻き起こした。この映画の成功は、後のハリウッドにおけるブロックバスター映画のあり方を決定づけ、SF映画の地位を劇的に向上させた。