【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
サンフランシスコの街を包む霧は、海からの湿り気を帯びて冷たく、石畳を濡らしていた。馬車の車輪が立てる乾いた音と、行き交う人々の喧騒が窓の外から聞こえてくる。しかし、ウォーレン・オルニー法律事務所の室内は、それとは全く異質の熱気に満ちていた。壁を埋め尽くす革装の法学書、重厚なマホガニーの机、そして卓上で揺らめくガス灯の光。そこにあるのは文明の極致とも言える光景だが、今、私たちの魂はここから数百マイル離れた、あの峻厳なるシエラ・ネバダの山脈を彷徨っていた。
机を囲む男たちの中心に、その人は座っていた。ジョン・ミューア。彼の顔は、カリフォルニアの強烈な太陽と峻烈な風に焼かれ、まるで古い樹皮のような深い皺が刻まれている。しかし、その瞳はどうだろう。氷河が削り出した湖のように透き通り、それでいて奥底には消えることのない炎が宿っている。彼が口を開くと、都会の澱んだ空気は一変し、雪解け水が岩を噛む音や、巨大なセコイアの梢を吹き抜ける風の囁きが、この閉ざされた部屋に流れ込んでくるようだった。
ミューア氏は、時折その節くれだった指で、卓上の書類を愛おしそうに撫でた。それは「シエラクラブ」と名付けられた団体の設立趣意書だった。これまで、私たちは個々に山を愛し、その美しさを守るべきだと説いてきた。だが、押し寄せる開発の波、金に飢えた羊飼いたちの無慈悲な放牧、そして森を単なる材木の集積場としか見なさない商人たちの野欲を前に、個人の声はあまりに弱かった。今日、私たちはその声を束ね、一つの意志として組織化するための歴史的な一歩を踏み出したのだ。
「山々は私たちを呼んでいる。そこは単なる休息の場ではない、魂が再生される神殿なのだ」
ミューア氏の言葉は、スコットランド訛りの独特な響きを伴って、私の胸の奥深くに染み渡った。彼は自然を、征服すべき対象や利用すべき資源としてではなく、人間という存在の根源をなす鏡として語る。彼が見つめているのは、明日の利益ではなく、百年後、千年後の若者たちが、今と変わらぬ緑の深淵に触れることができるかどうかという、壮大な時間の流れであった。
署名が始まった。ペンが羊皮紙の上を走る、かすかな音が静寂の中に響く。スタンフォード大学やカリフォルニア大学の教授たち、志を同じくする友人たちが、次々とその名を連ねていく。私もまた、震える手でペンを執った。インクの匂いが、不思議と森の湿った土の匂いのように感じられた。この一筆が、ヨセミテの雄大な滝を守り、ヘッチ・ヘッチィの清流を護る盾となることを願わずにはいられなかった。
初代会長に選出されたミューア氏は、照れくさそうに、しかし毅然とした態度でそれを受け入れた。彼は名声や権威を求める男ではない。ただ、愛する「光の山脈」を、人間の身勝手な振る舞いから守りたいという、一途な情熱だけに突き動かされている。その無垢なまでの信念が、知識人や法律家たちの心を動かし、この小さな部屋に一つの強固な連帯を生み出したのだ。
会議を終えて外に出ると、霧はさらに深まっていた。しかし、私の視界は以前よりもずっと明瞭だった。ガス灯に照らされた街路樹の葉一枚にも、これまで気づかなかった生命の輝きを感じる。私たちは今日、文明の真っ只中で、野生を守るための盟約を結んだ。それは孤独な戦いの終わりであり、組織された抵抗の始まりでもある。
夜の帳が下りるサンフランシスコの街を歩きながら、私は遠く東にそびえる山々に思いを馳せた。今この瞬間も、シエラの頂には星々が降り注ぎ、古代からの沈黙が支配していることだろう。私たちはその沈黙の代理人となったのだ。この小さなクラブが、いつか世界を動かす大きなうねりとなるかどうかは分からない。だが、ジョン・ミューアという一人の男の目が見つめる未来に、私は人生を賭けて同行しようと決意した。今日という日は、私の日記の中で、最も神聖で、最も希望に満ちた一日として記憶されるだろう。
参考にした出来事:1892年5月28日、環境保護団体「シエラクラブ」設立。自然保護の父と呼ばれるジョン・ミューアを中心に、サンフランシスコで設立された。米国最古かつ最大級の環境保護団体であり、ヨセミテ国立公園の保護や国立公園局の設立に決定的な役割を果たした。