リミックス

月蝕の標本、あるいは泥濘の聖座

2026年1月19日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

その館は、切り立った断崖の頂に、あたかも世界に対する呪詛を形にしたかのように聳え立っていた。地名を「鴉の喉笛」という。海風は常に塩気を孕んだ刃となって石壁を削り、周囲に広がる荒野には、ねじくれた刺金のような灌木が這い蹲っている。この絶望的な風景の中に、不釣り合いなほど贅を尽くした邸宅「瑠璃光閣」を築き上げたのは、かつてこの地を這い回る寄生虫のごとき浮浪児であった男――蓮見京一郎である。

蓮見は、名家である有栖川家の厩舎で、家畜以下の扱いを受けて育った。彼を人間として繋ぎ止めていたのは、ただ一点、有栖川家の令嬢である沙織との、血の匂いのする情念のみであった。二人は荒野の泥の中で互いの生皮を剥ぎ取るようにして愛し合い、呪い合った。しかし、沙織は「文明」という名の、あまりに退屈で浅薄な虚栄を選び、平穏な貴族との婚姻に逃避した。その日から、蓮見の心臓は石へと変じ、その石を磨き上げるためだけに、彼は犯罪の天才としての天分を開花させたのである。

二十年の歳月は、蓮見を裏社会の帝王へと変貌させた。彼は世界中から「美の極致」を掠奪し、この「鴉の喉笛」に幽閉した。彼の蒐集癖は、単なる金銭的価値への執着ではない。それは、自分を拒絶した世界そのものを、硝子戸の中に閉じ込め、窒息させるための儀式であった。

「お入りなさい、名探偵。ここが、あなたの墓標であり、私の極楽浄土です」

蓮見は、豪奢な繻子の寝椅子に身を横たえ、目の前に立つ男、明智小五郎を模したかのような怜悧な眼差しの探偵、九条に告げた。九条は、沙織の娘である美奈子が誘拐された事件を追い、この魔窟へと辿り着いたのだ。

館の内部は、外部の荒涼とした風景とは対照的な、めくるめく人工美の迷宮であった。壁一面を埋め尽くす翡翠の鱗、天井から滴る黒真珠のシャンデリア。そして何より、巨大な硝子の円柱の中に、防腐処理を施され、生けるが如き姿で固定された「人間標本」たちの列。蓮見の愛した、あるいは憎んだ者たちが、永遠の静止の中で、その最も美しい、あるいは最も醜い瞬間を晒している。

「あなたは狂っている、蓮見。美奈子さんをどこへやった」

九条の問いに、蓮見は冷笑を浮かべた。その唇は、熟しすぎた柘榴のように赤い。

「狂気とは、理性の不在ではなく、理性が一箇所に凝集しすぎた状態を指すのです。私は、あの沙織の裏切りを論理的に解決しようとしたに過ぎない。彼女は私を捨て、俗悪な生を選んだ。ならば私は、彼女の血を引くものを、この世で最も高貴な『静止』へと昇華させる義務がある」

蓮見は立ち上がり、九条を奥の聖堂へと導いた。そこには、巨大な琥珀色の溶液に満たされた水槽があった。その中に沈んでいるのは、若き日の沙織と瓜二つの美奈子である。彼女は死んでいるのではない。極低温の眠りの中で、肉体の崩壊を免れ、ただ「存在」という純粋な概念へと純化されていた。

「見てごらんなさい。これこそが、エミリー・ブロンテが夢想し、江戸川乱歩が憧憬した、究極の愛の形だ。荒野を駆け巡る獣のような魂を、私はこの冷徹な硝子細工の中に封じ込めた。彼女はもう、私を裏切ることはない。老いることも、他者の腕に抱かれることもない」

九条は、その光景の圧倒的な美しさと、背後に潜む氷のような論理に、吐き気を催した。蓮見の復讐は、単なる殺戮ではなかった。それは、対象から「時間」と「自由意志」を剥奪し、所有という名の永劫の監獄に繋ぎ止めることだった。

「だが、蓮見。君は一つ計算違いをしている」九条は、震える声を抑えて言った。「君が愛しているのは、彼女ではない。彼女の形をした、君自身の絶望だ。このコレクションは、君という虚無を映し出す鏡に過ぎない」

蓮見の瞳に、一瞬だけ、荒野の嵐のような暗い光が宿った。彼はゆっくりと水槽の硝子に手を触れた。

「鏡、か。左様。私は彼女になりたかった。あるいは、彼女を私にしたかった。我々は二つの体を持った一つの呪いだ。彼女がいない世界は、私にとって呼吸のできない真空だった。だから、真空を作ったのだよ。この館そのものを」

その時、館全体を揺るがすような地響きが鳴り響いた。海鳴りが咆哮へと変わり、断崖を噛み砕こうとしている。蓮見は、自らの死期を悟っているかのように、穏やかな笑みを浮かべた。彼は懐から、一点の曇りもない巨大な黒ダイヤを取り出した。それはかつて有栖川家の家宝であり、彼がこの復讐劇のために盗み出した、呪われた宝石「黒蜥蜴の瞳」であった。

「九条さん、最後の論理を教授しましょう。真の蒐集家は、自らをもコレクションの一部としなければならない。完全な調和とは、主客の消滅ですから」

蓮見は、その黒ダイヤを自らの左眼の眼窩へと押し込んだ。肉の焼けるような音もなく、宝石は彼の肉体の一部として馴染み、彼は文字通りの「怪物」へと完成された。

突如、館の地下から炎が噴き出した。蓮見が仕掛けていた、美の終焉のための火薬である。炎はベルベットのカーテンを舐め、高価な香油を燃料として、黄金色の龍のごとくのたうち回った。

「逃げなさい、探偵。あなたは生き延びて、この地獄の美しさを語り継ぐ証人となるのだ。しかし、覚えておきなさい。地獄とは場所のことではない。愛という名の不治の病に罹った魂の、末期の夢のことだ」

炎に包まれる中、蓮見は水槽の硝子を砕いた。溢れ出した琥珀色の液体と共に、眠れる美奈子を抱きかかえる。しかし、その時、九条は見てしまった。蓮見が抱きしめているのは、美奈子ではなかった。

そこに横たわっていたのは、二十年前に死んだはずの、沙織の朽ち果てた遺骨であった。

蓮見は、最初から知っていたのだ。美奈子を誘拐したのは単なる囮であり、彼がこの二十年間、地下の冷暗所で愛で続けてきたのは、彼自身の手で掘り起こし、防腐剤と宝石で飾り立てた、沙織の「骸」であったことを。彼は美奈子という生きた鏡を必要としなかった。ただ、自らの記憶の中にある「裏切りの原景」を、物理的な腐敗から守り抜くことだけに、その超人的な知能と財力を費やしたのである。

「さあ、沙織。ようやく風が止んだ。あの荒野へ帰ろう。二人きりの、誰もいない、終わらない夜へ」

炎が全てを飲み込む直前、蓮見京一郎は、骸骨の空洞の眼窩に接吻した。彼の黒ダイヤの眼が、炎を反射して狂おしく輝いている。

九条は崩落する館から、命からがら荒野へと逃れた。振り返ると、「鴉の喉笛」の頂で、瑠璃光閣は巨大な埋葬火のように夜空を焦がしていた。

翌朝、そこには何も残っていなかった。豪奢な装飾も、呪われたコレクションも、蓮見という男の執念も。ただ、潮風に晒された黒い灰だけが、荒野に降り積もっていた。

後日、捜索隊によって発見されたのは、瓦礫の下で固く抱き合う二つの人影の痕跡であった。一つは宝石を埋め込まれた男の骨であり、もう一つは、あまりにも古く、脆い、女の骨。それらは熱によって融解した金と硝子によって一体化し、剥がそうとしても決して離れることはなかった。

それは、犯罪史上最も醜悪な心中であり、同時に、文学史上最も純粋な「所有」の完成であった。蓮見は、自らの魂を物質化し、愛する者を文字通りの標本に変えることで、エミリー・ブロンテが辿り着けなかった「地上の天国」を、江戸川乱歩の耽美な論理によって完遂させたのである。

荒野には再び、容赦のない風が吹き始めた。その風の音は、まるで誰かの忍び笑いのように、あるいは、永遠に満たされることのない飢えた獣の咆哮のように、いつまでも、いつまでも鳴り響いていた。