【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ワシントンの湿り気を帯びた初夏の風が、連邦統計局の重厚な石造りの窓を叩いている。一九五一年六月十四日。今日という日が、人類の歴史を分かつ巨大な分水嶺になることを、この建物に詰めかけた役人や技術者のうち、何人が真に理解しているだろうか。
私の目の前には、つややかな銀色の筐体を輝かせた巨大な機械が鎮座している。エッカート=モークリー・コンピュータ社が総力を挙げて作り上げた怪物、ユニバック・ワン。世界で初めて民間に供給される商用計算機だ。その堂々たる姿は、もはや単なる事務機器の範疇を超え、一種の冷徹な知性を宿した神像のようにも見える。
つい数年前まで、我々の仕事は膨大なパンチカードの海に溺れることと同義だった。一九五〇年の国勢調査で集まった二億枚近いカードの処理に、一体どれほどの人間と時間、そして疲弊が費やされたことか。何千人もの職員がカード選別機の騒音の中で耳を塞ぎ、紙の束と格闘する日々。しかし、目の前のこの鋼鉄の巨躯は、そのすべてを過去の遺物へと変えようとしている。
搬入作業は深夜から続き、今はようやくすべてのユニットが接続を終えたところだ。五千本にも及ぶ真空管が収められた内部からは、独特の熱気が立ち上っている。それは、生命が宿った獣の吐息のようだ。水銀遅延記憶装置、金属製の磁気テープ。これまでの歴史上、これほどまでに洗練され、かつ複雑な構造物は存在しなかった。
設計者のエッカート氏とモークリー氏が、誇らしげに、しかしどこか神経質そうな面持ちで最終調整を見守っている。彼らの目は、数ヶ月もの間、睡眠を削って回路図と格闘してきた者特有の鋭さと、深い隈を湛えていた。この機械に注ぎ込まれた資金と情熱は、もはや国家プロジェクトの域に達している。
やがて、メインスイッチが入れられた。
低く唸るような駆動音が、部屋の空気を振動させる。真空管に火が灯り、オレンジ色の淡い光が通気口から漏れ出す。その光景は、まるで巨大な脳が目覚める瞬間を目撃しているかのようで、私は思わず背筋に冷たいものが走るのを感じた。
金属磁気テープが、滑らかな動きでユニサーヴォ・ドライブの上を滑り始める。一秒間に数千もの加算を、この機械は音も立てずに、そして間違えることなく成し遂げるのだ。これまでの事務員たちが数週間をかけて算出した数値を、ユニバックは瞬きをする間に導き出す。その圧倒的な計算速度の前では、人間の能力はあまりに脆く、不確かなものに思えてくる。
同僚の一人が、私の耳元で囁いた。
「これで、我々の仕事は楽になる。あるいは、消えてなくなるか、どちらかだな」
その言葉には、新しい時代への期待よりも、正体の知れない変化への畏怖が混じっていた。
確かに、これは単なる計算機の導入ではない。情報の「量」が「質」へと転換される瞬間に他ならない。かつて蒸気機関が人間の肉体を補完し、産業革命を引き起こしたように、この電子の脳は人間の思考を、記憶を、そして文明そのものの歩みを加速させるだろう。
夕刻、納入の式典が静かに執り行われた。フラッシュの光が銀色の筐体に反射し、報道陣の賑やかな声が響く。しかし、私はその喧騒の輪から少し離れ、稼働し始めたユニバックの駆動音に耳を澄ませていた。
カチ、カチ、というリレーの音。空気の流れ。電子が真空の中を駆け巡る気配。
それは、デジタルという新しい神が、この世界に産声を上げた音に他ならなかった。
今夜、私は日記を閉じながら、未来というものを想像せずにはいられない。この一台から始まった流れは、やがて奔流となり、世界をどのように塗り替えていくのか。我々人類は、この鋼鉄の脳が弾き出す膨大な真実を、正しく受け止める準備ができているのだろうか。
一九五一年六月十四日。私は今日、歴史がその方向を劇的に変えた、その瞬間の熱気をこの肌で感じた。
参考にした出来事
1951年6月14日:世界初の商用コンピュータ「UNIVAC I(Universal Automatic Computer I)」が、米国統計局(米国国勢調査局)に正式に納入・公開された。J. プレスパー・エッカートとジョン・モークリーによって開発されたこの機体は、パンチカードではなく磁気テープを使用し、国勢調査のデータ処理において圧倒的な性能を発揮。商用計算機時代の幕開けを象徴する出来事となった。