【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『感情教育』(フローベール) × 『三四郎』(夏目漱石)
上京の途上、車窓を流れる煤けた風景は、真新しくも空虚な未来を予言しているようであった。野々宮信作は、座席に深く沈み込み、開いたままのノートの白さに、己の人生の全容を投射しようと試みていた。それは、若さという無知が許容する傲慢な試みであった。汽笛の絶叫が、湿った大気を切り裂き、彼を新たな、そして恐らくは唯一の現実へと運び去っていく。
帝都・東京は、剥き出しの鉄骨と泥濘の混濁した巨大な建築現場であった。そこには、古き良き静謐を蹂躙し、無機質な論理で世界を再構成しようとする、狂おしいまでの意志が充満していた。信作はこの喧騒のなかに、一種の神聖な倦怠を見出した。彼は、大学という知の迷宮へ足を踏み入れながらも、心の一部は常に、まだ見ぬ何者かへの献身を求めて彷徨っていた。
ある午後、上野の森の淀んだ静寂のなかで、彼はその「象徴」に出会った。池のほとりに立つ一人の婦人。彼女の名は、原口静子といった。彼女が差しかけていた日傘の白いレースが、木漏れ日を細分化し、彼女の横顔に繊細な陰影を落としている。その瞬間、信作のなかで時間は粘り気のある沈黙へと変貌した。彼女は、彼がこれまでの読書で得たあらゆる抽象的な美を肉体化した存在であり、同時に、決して触れることのできない遠い岸辺のようでもあった。
静子は、信作の知人である冷徹な理論家、佐々木の縁者であった。佐々木は、世の中をすべて「運動方程式」と「利害の均衡」で解釈する男であり、信作の抱く感傷を「文明の贅肉」と切って捨てた。しかし、信作はその贅肉にこそ、真実が宿ると信じて疑わなかった。彼は静子の住まう邸宅へ、足繁く通うようになる。そこは、俗世の喧騒から隔離された、香油と古書の匂いが漂う、湿り気を帯びたサロンであった。
信作は、彼女の何気ない言葉の一つ一つに、深遠な予兆を読み取ろうと躍起になった。彼女が紅茶に角砂糖を落とす動作、あるいは、窓外の枯葉を見つめる憂いを含んだ眼差し。それらはすべて、彼に向けられた無言の救済であるかのように錯覚された。彼は、自らの感情を精緻な工芸品のように磨き上げ、彼女という祭壇に捧げ続けた。だが、静子の微笑は、常に一定の距離を保っていた。それは、慈悲という名の拒絶であった。
季節は、誰の許可も得ずに移ろいゆく。帝都では、不穏な政治の季節が幕を開けようとしていた。街角では、理想を叫ぶ学生たちが石を投げ、軍靴の響きが舗装されたばかりのアスファルトを叩いた。信作の友人たちは、歴史の奔流に身を投じることを「生」の証拠だと信じて疑わなかった。佐々木もまた、新時代の官僚としての地位を確固たるものにし、論理的に構築された権力機構の一部へと組み込まれていった。
一方、信作は依然として、静子の影を追い続ける迷える羊であった。彼はある日、彼女に宛てて、自らの魂のすべてを注ぎ込んだ長い手紙を書いた。それは告白ではなく、一種の哲学的な祈祷であった。しかし、その手紙が彼女の手に渡ることはなかった。届ける勇気がなかったのではない。彼が彼女の邸を訪れたとき、そこには既に引越しの荷札が貼られた空虚な空間が広がっているだけだったからだ。彼女の夫が、事業の失敗か、あるいは単なる気まぐれか、突然の転地を命じたのだという。
信作は、無人の部屋に立ち尽くした。剥がされた壁紙の跡が、かつての親密な記憶を嘲笑うかのように、薄汚れた形を晒している。彼は、自分が愛していたのは彼女という個人ではなく、彼女というスクリーンに投影された「高貴なる不在」であったことに気づき始める。彼の「感情の教育」は、対象を失うことで初めて、その完成を見たのである。
十年の歳月が流れた。
信作は、地方の目立たない私塾で教鞭を執り、独身のまま枯れた日々を送っていた。かつての帝都の喧騒も、彼を捉えた熱情も、今では古い書物のなかの一行のように、色彩を失っている。ある冬の夕暮れ、彼は旧友の佐々木と再会した。佐々木は今や政府の高官となり、その顔には権力への倦怠が深い皺となって刻まれていた。
二人は、安っぽい居酒屋の隅で、冷めた酒を酌み交わした。佐々木は、かつて信作が追い求めた静子が、その後、凡庸な人生を歩み、今ではどこにでもいる肥満した中年女として、地方都市で質素に暮らしていることを淡々と告げた。
「あの頃の僕たちは、何者かになれると信じていたな」と佐々木が吐き捨てるように言った。「だが出口はどこにもなかった。あるのは、ただの持続だ」
信作は、窓外の闇を見つめた。そこには、かつての自分のような「迷える羊」たちが、無意味な光を求めて彷徨っている。
「いや」と信作は静かに応えた。「僕たちの人生で最も美しかったのは、あの、何の結果も生み出さなかった無駄な時間そのものだったのだ。静子さんを失い、理想に破れ、何も手にできなかったあの空虚さこそが、唯一の報酬だったんだよ」
佐々木は、理解しがたいものを見る目で信作を見つめた。
「結局、君は教育されなかったわけだ」
「いいえ、完璧に教育されたのです。この世界には、愛に値するものも、憎むべき価値のあるものも、何一つ存在しないということを。ただ、事物がそこにあり、我々がそれを眺めているという事実だけが、完璧に美しいのだという真理にね」
信作の言葉は、冷徹な論理の極北に辿り着いた者の、虚無的な充足感に満ちていた。彼は、自分がかつて書こうとしたノートの白さを、今、ようやく理解したのだ。その白さは、何かが書き込まれるのを待っているのではなく、あらゆる意味を拒絶するために存在していたのである。
二人は、その後二度と会うことはなかった。信作は、沈みゆく意識のなかで、上野の森の、あの白い日傘を思い出そうとした。しかし、記憶のなかのレースの模様は、今や煤けた汽車の煙と混ざり合い、判別不能な灰色へと溶けていった。それは、必然的な終わりであり、完璧な調和であった。
迷える羊は、迷い続けることによってのみ、羊としての正しさを証明したのである。