【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『罪と罰』(ドストエフスキー) × 『こころ』(夏目漱石)
私が「先生」と呼んでいたその男は、常に沈黙の深淵に腰を下ろしているような人であった。鎌倉の静謐な波音さえも、彼の書斎に辿り着く頃には、意味を剥ぎ取られた単なる空気の震えへと変質していた。私は当時、帝大の学生として、己の内側に燃え盛る傲慢なまでの知性に焼かれていた。社会という巨大な歯車を構成する、無数の「凡庸な人間」という名の塵芥。それらを一掃し、新たな倫理を打ち立てる選ばれた存在、すなわち「非凡人」の出現を渇望していたのである。
先生は、その渇望を冷徹に見透かしていた。彼はかつて、ある友人を亡くしていた。世間には病死と伝えられていたが、先生の眼差しに宿る、あの凍てつくような自責の念は、それが単なる不運ではないことを告げていた。私は、先生こそがかつて「一線を越えた」人間であり、その果てに辿り着いた孤独という聖域に住まう先駆者であると信じて疑わなかった。
「君は、他者の生命を奪う権利が、ある種の人間には許されていると考えているのだね」
ある夏の午後、蝉時雨が降り注ぐ書斎で、先生は静かに問いかけてきた。その声は、墓標の下から響くように低く、重かった。私は、胸の内で温めていた論理を、淀みなく開陳した。ナポレオンが数多の命を土台にして歴史を築いたように、腐敗した老婆一人の命を奪い、その財を真に価値ある事業に投じることは、数学的な正義ではないか。一匹のシラミを潰すことに、何故これほどの逡巡が必要なのか。私の言葉は熱を帯び、狭い書斎を支配していった。
先生は、悲しげな微笑を浮かべて私を見つめていた。それは、断崖の淵で踊る子供を眺める大人の眼差しであった。「論理は完璧だ。しかし、君はその論理の檻の中に、自分自身を閉じ込めていることに気づいていない。私はかつて、一人の友人を、論理という名の剃刀で切り裂いた。彼を死に追いやったのは、憎しみではない。彼が私の理想とする『純粋性』を汚す存在になったからだ。私は彼を抹殺することで、己の精神の純潔を守ろうとしたのだよ」
私は高揚した。やはり、先生は同類なのだ。彼が抱える罪悪感は、凡庸な道徳に由来するものではなく、目的を完遂した後に訪れる虚無への畏怖なのだと解釈した。
その一週間後、私は計画を実行に移した。対象は、近所の高利貸しの老婆であった。彼女は社会の寄生虫であり、彼女の死は何ら損失をもたらさないはずだった。私は、先生から借りた古びたナイフを懐に忍ばせ、夜の帳が降りるのを待った。
凶行は、驚くほど呆気なく終わった。老婆の喉から溢れ出た鮮血は、私の論理を赤く染め上げ、畳に吸い込まれていった。私はその瞬間、自分が世界の頂点に立ったような全能感を抱いた。私は一線を越えた。私は選ばれた人間になったのだ。
しかし、翌朝から私の世界は一変した。太陽の光は針のように皮膚を刺し、道行く人々の会話は、すべて私の罪を告発する囁きに聞こえた。私は恐怖していたのではない。ただ、耐え難いほどの「孤独」が、私を窒息させようとしていたのだ。老婆を殺したことで、私は人類という巨大な鎖から、自分自身を引き千切ってしまったことに気づいた。私は自由になったのではない。永遠の追放刑に処されたのだ。
私は救いを求めて、先生のもとへ走った。先生なら、この虚無の正体を知っているはずだ。彼なら、この硝子の階を登り切った先にある景色を教えてくれるはずだ。
だが、先生の家に着いたとき、そこに彼の姿はなかった。書斎の机の上には、私に宛てた一通の手紙と、古びた写真が一枚置かれていた。
「君がこの手紙を読んでいるとき、私はもうこの世にはいないだろう。君は私を、高潔な理想のために罪を犯した超人だと信じていたようだが、それは大きな誤解だ。私が友人を裏切り、死に追いやったのは、ただの浅ましい嫉妬からだった。私が欲しかった女性を彼が愛していた、ただそれだけの理由で、私は論理を弄し、彼を精神的に追い詰め、自死という出口へ誘い込んだのだ」
手紙を読み進める私の指が、激しく震えた。
「私はその後、自分の卑小さを隠蔽するために、それを『崇高な孤独』や『哲学的な苦悩』という美しい言葉で飾り立てて生きてきた。君という若者が現れ、私の虚飾を『理想』として崇拝し始めたとき、私は滑稽な喜びさえ感じた。私は君を利用して、自分の醜悪な過去を再定義しようとしたのだ。だが、君が実際に手を汚してしまったとすれば、それは私の罪の上塗りに他ならない」
手紙の最後には、震える文字でこう記されていた。
「君は、私が登り損ねた階段を、一気に駆け上がってしまった。だが、その先にあるのは神の座ではない。ただの、救いようのない空虚だ。私は、君の鏡として死ぬことに決めた。論理が肉体を凌駕したとき、人は死ぬ以外に、その論理を証明する手段を持たないからだ」
私は、先生が自ら命を絶ったことを悟った。彼は、自らのエゴイズムを「哲学」という名の外套で包み隠し、最後にはその外套に絞め殺されたのだ。そして私は、その偽りの哲学を真実だと信じ込み、取り返しのつかない流血を引き起こした。
庭に出ると、夏の終わりの冷たい風が吹き抜けた。私は老婆を殺したことで、選ばれた人間になったのではない。先生という、虚栄に満ちた男の物語の、哀れな登場人物の一人に成り下がっただけだった。
私は、先生が遺したナイフを手に取り、その冷たい鋼を凝視した。論理は完璧だった。情景描写も、心理的葛藤も、すべては私の脳内で緻密に構成された、完成度の高い物語に過ぎなかった。
空は高く、どこまでも青かった。その青さが、私の犯した罪よりも深く、残酷に私を突き放していた。私は、血のついた手で、先生の書斎の窓を閉めた。この部屋に漂う、死臭と哲学の混じり合った、淀んだ空気を閉じ込めるために。
私は自首することを選ばなかった。それは、あまりにも凡庸で、道徳的な解決に思えたからだ。私は先生が望んだ通り、彼の「論理的必然」を引き継ぐことにした。すなわち、この地上で最も孤独な、生ける死体として、永劫の時間を彷徨い続けることだ。
それが、私に与えられた唯一の、そして完璧な罰であった。私は、誰もいない書斎で、先生の椅子に深く腰を下ろした。そして、彼の真似をして、沈黙の深淵をじっと見つめ始めた。外では、また新しい季節が、何事もなかったかのように始まろうとしていた。