リミックス

無色透明の審判

2026年1月20日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 その男が、錆びついた鉄扉を三度、乾いた音で叩いたとき、地下室に集った七人の若き「使徒」たちは、あたかも神の訪れを待ちわびていたかのように、一斉に背筋を伸ばした。外は灰色の雨が降り続いており、占領軍のジープが跳ね上げる泥水の音が、換気口から微かに漏れ聞こえていた。昭和二十三年の、出口のない冬である。部屋の隅では、使い古された石油ストープが喘息のような音を立て、不完全燃焼の悪臭を放っていた。

 入ってきたのは、白い防護服を思わせる外套に身を包み、腕に「衛生局」と刺繍された腕章を巻いた、中年の男であった。男の顔には、個性が欠落していた。深い皺もなければ、輝くような眼光もない。ただ、凍りついた平原のような無表情が、そこに張り付いているだけだった。彼は革鞄を机に置くと、几帳面な手つきで十六個の茶碗を並べ始めた。その動作には、宗教儀式のような厳粛さと、解剖医のような冷徹さが同居していた。

「この街には、目に見えぬ疫病が蔓延している」
 男の声は、湿った地下室の壁に吸い込まれるように低かった。
「それは肉体を蝕むのではない。精神の根幹、すなわち、我々が守るべき『秩序』という名の美徳を、内側から腐らせる病だ。私は、上層部からの密命を受け、その予防措置のために参じた。諸君のような志高き若者こそ、まずは清浄でなければならない」

 グループの主導者であったスタヴロギンのような冷笑を浮かべる若者、桐原は、椅子の背にもたれかかり、男を凝視した。桐原は、この国が敗戦によって喪失した「神」の代わりに、破壊と虚無を崇拝していた。彼は、自分たちが計画している政府転覆のテロルが、実は誰かに監視され、承認されていることを期待していたのだ。この「衛生局」の男こそが、背後に控える巨大な黒幕からの、あるいは形而上学的な「意志」からの使者であると、桐原は直感的に確信した。

 男は、小さな瓶から無色の液体を各々の茶碗に注いでいった。液体は、窓から差し込む僅かな光を反射し、真珠のような鈍い光を放っている。
「これは、特効薬であると同時に、試練でもある。これを飲み干した者だけが、来たるべき新世界において、健全な細胞として機能することを許される。疑念は、病を増幅させる。無垢な心で、受容したまえ」

 桐原の隣で、狂信的な眼差しをした痩身の青年が、震える手で茶碗を手に取った。彼はドストエフスキーが描いたあの狂信者たちと同じく、自らの死を持って思想の完成を証明したがっていた。
「これは、浄化なのだな?」
 青年が問いかけると、男はただ短く、「左様だ」とだけ答えた。

 男が懐中時計を取り出し、秒針の音だけが部屋に響く。一分、二分。男は「第一薬」を飲むタイミングを指示した。七人は、あたかも聖体拝領を受ける信徒のように、一斉にそれを口にした。喉を焼くような感覚はなく、ただ無機質な、金属的な後味が舌に残った。

「次に、一分置いてから、この第二薬を服用せよ。これが中和であり、完成である」
 男は事務的に、別の小瓶から再び液体を注いだ。この一分間、地下室は墓場のような静寂に包まれた。桐原は、自らの心臓の鼓動が、かつてないほど激しく、かつ規則正しく打っているのを感じていた。彼は勝利を確信していた。この液体が体内に回ることで、自分たちはこれまでの汚れた歴史から切り離され、絶対的な「個」へと昇華されるのだと。

 合図とともに、彼らは二度目の杯を干した。
 その数秒後、最初に異変を訴えたのは、最年少の少年だった。彼は喉をかきむしり、獣のような声を上げて床に転がった。それを皮切りに、均衡は一瞬にして崩壊した。椅子が倒れる音、食器が割れる音、そして人間の肺から空気が無理やり引き抜かれるような、不快な呻き声。

 桐原は、視界が急激に窄まっていくのを感じた。四肢が麻痺し、意識が泥の中に沈んでいく。床に這いつくばる仲間の顔は、苦悶に歪み、既に人間としての尊厳を失っていた。彼は、自分を陥れた男の足元を見上げた。
 男は、依然として無表情だった。彼は、のたうち回る若者たちの苦悶を観察するでもなく、ただ懐中時計を見つめ、何事かをメモ帳に書き留めていた。その姿は、神でもなければ、悪魔でもなかった。ただの、有能な「事務官」であった。

「なぜだ……」
 桐原は、血の混じった唾液を吐き出しながら、絞り出すような声で問うた。
「我々は……思想のために……死ぬのではなかったのか……これは……ただの殺戮ではないか……」

 男は、初めて桐原の目を見た。その瞳には、憐れみも憎悪も、何一つ宿っていなかった。
「思想、かね。諸君は、自分たちが歴史の主役であると錯覚していたようだ。だが、この液体には思想など含まれていない。これは単なる、青酸ニトリルを中心とした化学反応に過ぎない。諸君が信じた『虚無』も『変革』も、この数ミリグラムの結晶の前では、物理的な電気信号の混乱に等しい」

 男は鞄を閉じ、丁寧に外套の襟を正した。
「私は君たちに嘘はついていない。これは確かに予防措置だ。無意味な混乱を、拡大する前に摘み取った。君たちの死には、劇的な叙事詩も、壮大な哲学も介在しない。ただ、当局の統計における『除染済み』という一行に変換されるだけだ」

 桐原の意識の淵で、最後に聞こえたのは、男が去り際に扉を閉める、静かな、あまりに日常的な音だった。
 七人の死体は、地下室の冷たい床の上で、互いに重なり合っていた。そこには、ドストエフスキーが夢見たような「高潔な破滅」の欠片もなかった。ただ、不完全燃焼のストーブの臭いと、安価な薬品の残留臭、そして、完璧に計算された「効率」という名の、無色透明な地獄だけが残されていた。

 翌朝、新聞には「集団自殺」の見出しが踊るだろう。あるいは、誰もその死に気づかないかもしれない。世界は、何事もなかったかのように、冷徹な論理と官僚的な沈黙によって、再び平坦な日常を再構築し始める。

 地上では、再び冷たい雨が降り始めた。それは、犠牲者たちの魂を弔うためではなく、ただ単に気圧の配置がそうさせたからに他ならなかった。