リミックス

鏡像進化系統論:あるいは狂騒する脳髄の午後

2026年1月20日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

落下。それは重力に従う物理的運動ではなく、自己という概念の紐が解けていく生理的な解体であった。暗い、粘膜質を思わせる温かき闇の縦穴を、亜利子(ありす)は果てしなく沈降していく。周囲の壁には、書物ではなく、ホルマリン漬けにされた記憶の断片や、剥製にされた昨日までの感情が、びっしりと棚を埋め尽くして並んでいた。それは、彼女の脳髄が描く、壮大な「胎児の夢」の断面図に他ならなかった。

ようやく着地した床は、白と黒の市松模様に敷き詰められた脳細胞の絨毯であった。微かに脈動するその床の上で、亜利子は自分の身体が、まるで水面に映る陽炎のように不確かなものであることに気づく。

「おやおや、時計が遅れている。神経伝達速度が、秒速三ミリも遅延しているぞ」

声をかけたのは、白衣を纏った巨大な耳を持つ男であった。彼は懐中時計を覗き込み、狂ったように針を回している。その男——宇佐儀(うさぎ)博士は、亜利子の眼前に、奇妙な薬瓶を差し出した。瓶のラベルには、「記憶を飲め」と、おどろおどろしい達筆で記されている。

「これを服用すれば、君の血脈の中に眠る、数千年前の先祖の狂気が目を覚ます。さあ、自己の連続性という幻想を、ここで一気に断ち切るのだ」

亜利子は、抗いがたい力に導かれるようにその液体を飲み干した。瞬間、彼女の視界は、万華鏡を覗き込んだときのように粉砕された。彼女の身体は、細胞分裂を逆回しにするかのように縮小し、あるいは銀河を飲み込む巨人のように肥大した。それは、ルイス・キャロルが夢見た数学的変容ではなく、夢野久作が描いた精神の地獄巡りに他ならなかった。

彼女は、巨大なキノコの上に鎮座する、煙管をくゆらせた老いた精神科医に出会った。その男は、吐き出す煙で、空中に複雑な数式を描いてみせる。

「君は誰だね? いや、君という現象は、どの先祖の罪過の残滓かね? 君の脳髄に蓄積された、何万年分もの『不思議の国』の記録を、今ここで全て吐き出す気はないかね?」

亜利子は答えようとしたが、言葉は口から出るそばから、異形の論理(ドグラ・マグラ)へと変換され、意味を失って散っていった。彼女の意識は、鏡の向こう側に広がる、左と右が、善と悪が、そして正気と狂気が絶え間なく反転し続ける回廊へと迷い込んでいく。

そこで繰り広げられていたのは、終わりなき「茶会」であった。しかし、そこにあるのは紅茶ではなく、濃縮された血清と、神経毒を塗布されたスコーンである。帽子屋は、自らの頭蓋を開き、中にある歯車を油の付いた手で調整しながら、絶叫に近い声で笑い続けていた。

「時間は死んだ! 我々は、永遠に繰り返される一分間の中に幽閉されているのだ! 遺伝子が命じるままに、同じ間違いを、同じ狂態を、何兆回と繰り返すのだよ、亜利子!」

亜利子は逃げ出した。市松模様の迷宮を、血の滴るトランプの兵隊たちが追いかけてくる。彼らの顔はすべて、亜利子自身の顔であった。彼女が過去に犯し、あるいは未来に犯すであろう、あらゆる罪の形をした自己の鏡像たちが、彼女を断罪するために迫り来る。

辿り着いた先は、巨大な法廷であった。玉座に座るのは、真紅の法服に身を包んだ女王である。彼女は、手にした処刑の宣告書を振りかざし、冷酷な声で宣言した。

「証拠は不要である! なぜなら、被告人の存在そのものが、進化という名の歴史における最大の錯誤だからだ! 脳髄を摘出し、その中にある『不思議の国』を、完全に消去せよ!」

「お待ちください!」と、亜利子は叫んだ。「私の中にあるこの風景は、私だけのものではない。これは、人類が誕生以来、夢見続けてきた共通の狂気ではありませんか! 私を裁くなら、この世界そのものを裁くべきだ!」

女王は、冷笑を浮かべた。その顔が、次第に亜利子の母親の顔へ、そして、遥か太古の祖先の顔へと、めまぐるしく変化していく。

「お前はまだ気づかないのか。この法廷も、この迷宮も、そしてお前を追い詰める我々も、すべてはお前の脳髄という名の、小さな密室の中で演じられている一幕の演劇に過ぎないということを」

その言葉が響いた瞬間、法廷の壁が、鏡が、空が、凄まじい音を立てて崩落し始めた。トランプの兵隊たちはただの紙切れとなり、宇佐儀博士は一匹の解剖された死体へと戻り、不思議の国を構成していたすべての論理が、一滴のインクへと溶けていく。

亜利子は、真っ白な病室のベッドの上で目を覚ました。

傍らには、一冊の古い原稿を手にした、若き精神科医が立っていた。彼は悲しげな眼差しで、亜利子を見つめている。

「残念だよ、亜利子。今回の実験でも、君は『外側』へ出ることはできなかった。君の意識は、常にルイス・キャロルの論理の罠に嵌り、夢野久作の狂気の螺旋に回帰してしまう。君が今、ようやく目覚めたと思っているこの現実こそが、実は第百三十七層目の夢であることに、いつになったら気づくのかね?」

医者は、手にしていた原稿を彼女に見せた。そこには、今しがた彼女が体験した、落下の始まりから法廷の崩壊までが、一字一句違わずに記されていた。そして、その物語の末尾には、これから彼女が口にするはずの言葉が、既に印刷されていたのである。

亜利子は、震える唇でその一行を読み上げた。

「……先生、私は、本当に私なのですか?」

医者は無言で、手元の懐中時計を確認した。その文字盤には、数字の代わりに、無限に続く鏡像の亜利子が描かれていた。

「さあ、次の回診(お茶会)の時間だ。今度は、もっと深い階層へ行こう。君の先祖が、まだ魚であった頃に見た、青い海という名の地獄まで」

窓の外では、白いウサギの形をした雲が、ゆっくりと形を崩しながら、巨大な脳髄の形へと変貌していった。救いなどどこにもなかった。論理が完璧であればあるほど、その檻は強固になり、出口という概念そのものが、一つの洗練された「嘘」として処理されていく。

亜利子は、微笑を浮かべた。その微笑は、チェシャ猫のそれが消えた後に残る、実体のない純粋な狂気そのものであった。彼女は、再び静かに目を閉じ、永遠に続く、そして完璧に論理的な、次の「落下」へと身を委ねた。