【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
一九三九年六月二十八日。ニューヨーク、ポート・ワシントンの朝は、重く湿った霧に包まれていた。マナハッタの摩天楼を遠くに望むロングアイランドの入り江には、微かな潮の香りと、精製されたばかりの航空燃料の刺すような臭気が混じり合っている。私の目の前には、人類の夢を銀色の地金で塗り固めたかのような、巨大な怪鳥が翼を休めていた。パンアメリカン航空の誇るボーイング三一四、その名も「ディクシー・クリッパー」号である。
桟橋を渡る足音が、心臓の鼓動と重なって聞こえる。今から私たちは、この一五万ポンドにも及ぶ金属の塊に身を委ね、大西洋という、かつては数週間の苦難を強いた絶望的な距離を、わずか一昼夜で跳び越えようとしているのだ。ロッド・サリヴァン機長をはじめとする乗員たちの制服は、一分の隙もなく糊が利いており、その凛とした佇まいが、これから始まる未知の旅への不安をかろうじて押し留めてくれている。
午前十時を過ぎた頃、四基のライト・サイクロン・エンジンが次々と咆哮を上げた。一基一六〇〇馬力。その振動は、機内の贅を尽くしたラウンジのソファを通じて、私の背骨に直接訴えかけてくる。窓の外では、三枚羽のプロペラが銀色の円盤と化し、水面を激しく叩きつけ始めた。波飛沫が防弾ガラスの丸窓を真っ白に覆い、轟音とともに船体が跳ねる。水と空の境界線で、機体は激しく悶えるように速度を上げ、やがて不意に、重力という名の鎖が断ち切られた。
窓から飛沫が消えたとき、眼下には白く泡立つウェイクだけが残されていた。私たちは浮いたのだ。この巨大な、空飛ぶホテルが。
機内の内装は、これが航空機であることを忘れさせるほどに優雅だ。ヘンリー・ドレイファスが手がけたというキャビンには、重厚な革張りの椅子が並び、ダイニングルームでは白いテーブルクロスが揺れている。昼食に供されたのは、よく冷えたコンソメと、絶妙な火入れのチキン・ア・ラ・キングだった。磁器の皿に盛られた料理を、三万フィートの雲海を眺めながら味わうという贅沢。リンドバーグがたった一人で孤独と戦い、一睡もせずに飛び続けたあの空を、私たちは今、ワイングラスを傾けながら進んでいる。
だが、この静謐な贅沢の裏側に、拭いきれない時代の影を感じずにはいられない。無線室から漏れ聞こえる通信の断片は、海の向こう側――私たちが向かっている欧州の情勢が、いよいよ抜き差しならない段階にあることを告げている。ドイツの軍靴の音は日増しに大きくなり、平和の終わりを告げる鐘の音が、ドーバーの白い崖まで響いているという。この定期便の就航は、世界をより狭く、より密接にするための福音なのか。それとも、破滅への速度を加速させる翼に過ぎないのか。
夕刻、アゾレス諸島のオルタへ向かう途上、空は燃えるような琥珀色に染まった。海面はどこまでも深い紺青で、その境界線はもはや判別がつかない。太陽が水平線の彼方に沈みゆくとき、私たちは高度を維持したまま、夜という名の巨大な帳へと突き進んでいった。
現在、私は機内の寝台に身を横たえている。エンジンの低く一定のリズムは、子守唄のように心地よい。厚い絨毯に覆われた床の下では、今も冷たい大西洋の荒波が唸りを上げているはずだが、ここにはただ、加圧された空気の暖かさと、かすかな葉巻の残り香があるだけだ。
明日、目が覚める頃には、私たちはリスボンの港に降り立っているだろう。それは単なる物理的な移動ではない。数世紀にわたって人類を隔ててきた「時間」という名の障壁を、技術という名の剣で切り裂く行為なのだ。この翼が、いつか灰色の軍装を纏うことなく、ただ人々の再会と未知への憧れのためにのみ羽ばたき続けることを、今はただ祈るばかりである。
日付が変わる。エンジンは力強く回っている。私は、新しい時代の産声を聞きながら、浅い眠りへと落ちていく。
参考にした出来事:1939年6月28日、パンアメリカン航空(Pan Am)がボーイング314「ディクシー・クリッパー」号を用い、アメリカ・ニューヨークからポルトガル・リスボン、そしてフランス・マルセイユを結ぶ世界初の定期大西洋横断旅客飛行に成功した。これは航空史上、大西洋が本格的な交通路として開かれた瞬間とされる。