【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
一八八五年、七月六日。パリの夏は、石畳を焼くような不快な熱気とともに始まった。ウルム通りの高等師範学校にあるルイ・パスツール先生の研究室は、いつも以上に重苦しい沈黙と、薬品の刺激臭に包まれている。窓から差し込む西日が、無数のフラスコの中で揺れる琥珀色の液体を怪しく照らしていた。
今日、この場所で、医学の歴史を根底から覆すかもしれない、あるいは一人の偉大な科学者の名声を永遠に葬り去るかもしれない「審判」が下されようとしている。
私の目の前には、アルザスからやってきた九歳の少年、ジョゼフ・マイスターが座っている。二日前、彼は狂犬に十四箇所も噛み付かれた。少年の小さな手足に残された生々しい傷跡は、化膿し、見るに堪えない。母親は絶望の淵に立たされた目で、パスツール先生を縋るように見つめている。狂犬病。その病名が意味するものは、確実で残酷な死だ。喉の筋肉が麻痺し、水を飲むことさえ恐れ、最後は悶絶しながら命を落とす。これまでの医学において、発症した狂犬病から生還した者は一人もいない。
パスツール先生は、いつになく憔悴しているように見えた。彼は医師ではない。化学者であり、微生物の探求者だ。彼が何年もかけて、何百頭もの犬で実験を繰り返してきた狂犬病ワクチンは、確かに動物たちを救ってきた。しかし、人間への投与は一度も行われたことがない。もし失敗すれば、先生は殺人罪に問われるだろう。科学の進歩という名の下に子供の命を奪った卑劣漢として、歴史に刻まれることになる。
「本当に、これでいいのだな」
先生は、自らに言い聞かせるように、あるいは神に問いかけるように呟いた。傍らに控えるグランシェ博士が、無言で頷く。注射を行うのは医師であるグランシェの役目だ。先生の手は、微かに震えていた。長年の研究による過労と、何より目の前の少年の命を背負うという重圧が、その肩にのしかかっている。
夕刻、ついにその時が来た。乾燥させたウサギの脊髄から抽出された、最も毒性の弱い、しかし確実に「毒」を含んだ懸濁液が注射器に吸い上げられた。それは矛盾に満ちた液体だった。病を治すための毒。死を遠ざけるための、死の種。
ジョゼフの左脇腹に針が刺さった瞬間、少年は小さく声を漏らした。母親がその手を強く握りしめる。私はその光景を、息を止めて見守った。針から押し出された液体が、少年の皮膚の下へと消えていく。それは、人類が初めて、不可視の恐怖であるウイルスに対して、直接的な反撃を試みた瞬間であった。
処置が終わった後、先生は少年に歩み寄り、その頭を優しく撫でた。
「勇敢だったな、ジョゼフ。もう大丈夫だ。今夜はゆっくりおやすみ」
その声は穏やかだったが、私は知っている。先生が今夜から、一睡もできぬ夜を過ごすことを。治療は十日間にわたり、段階的に毒性の強いワクチンを注入していく。少年の体内で、毒と免疫がどのような戦いを繰り広げるのか。それは、顕微鏡でも覗くことのできない、暗闇の中の決闘だ。
研究室を出ると、パリの街角からは、いつものように人々の喧騒と馬車の車輪の音が聞こえてきた。誰も、この静かな一室で、死神の手から一人の子供を奪い返そうとする無謀な賭けが行われたことなど知らない。
私は、夕闇に染まりゆくセーヌ川を見つめながら、自身の内にある期待と恐怖を押し殺した。もし、ジョゼフが生き延びれば。もし、この「狂犬」を飼いならすことができたならば。それは、呪いと迷信に支配されていた医学が、真に科学へと脱皮する瞬間となるだろう。
しかし、もし失敗すれば。
私は、先生の机の上に置かれた、書きかけの論文の束を思い出した。そこには、数え切れないほどの犬たちの記録が、緻密な筆跡で記されている。その最後に、一人の少年の死が書き加えられることだけは、あってはならない。
夜の帳が下りる頃、先生はまだ、ランプの灯りの下で顕微鏡を覗き込んでいた。その背中は、かつてないほど孤独で、そして揺るぎない決意に満ちていた。歴史の歯車が、音を立てて回り始めたのを感じる。明日もまた、私たちはあの毒を、少年の体に打ち込まなければならない。
参考にした出来事
1885年7月6日、ルイ・パスツールによる狂犬病ワクチンの人体への初接種。フランスの細菌学者ルイ・パスツールが、狂犬病に感染した犬に激しく噛まれた少年ジョゼフ・マイスターに対し、実験段階であった狂犬病ワクチンを投与。数週間にわたる治療の結果、少年は狂犬病を発症することなく生き延び、世界で初めて狂犬病の予防・治療法が確立された歴史的瞬間となった。