【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
午前七時、湿り気を帯びた生温かい風がカーテンの隙間から這い入り、寝苦しい朝の訪れを告げた。例年より遅い梅雨明けを待ちわびる東京の空は、低く垂れ込めた雲に覆われている。肌にまとわりつく湿気に顔をしかめながら、私は馴染みのネクタイを締め、新宿の百貨店へと向かう。今日という日が、日本の玩具史、あるいはもっと壮大な何かの転換点になるなどと、この時の私は露ほども思っていなかった。
玩具売り場の責任者として、私が今日迎え入れるのは、京都の老舗玩具メーカーが放つ「ファミリーコンピュータ」という名の新型機である。すでに山積みされた段ボール箱からは、新品のプラスチックと印刷インクが混じり合った独特の匂いが漂っていた。箱を開封し、現れたその姿に、私はしばし言葉を失った。これまでの電子ゲーム機といえば、無機質な黒やグレーが主流だったが、目の前にあるそれは、深みのある小豆色と、清潔感のある白のツートンカラーに彩られていた。手に取ると、驚くほど軽い。左右に突き出した二つのコントローラは、本体の側面に誂えられた溝に完璧に収まっている。
「本当に、これが売れるのか」
部下の若者が、不安げな声を漏らした。無理もない。定価一万四千八百円という価格は、子供の玩具としては決して安くない。同業他社からはすでにいくつかのカセット交換式ゲーム機が発売されているが、どれも市場を席巻するには至っていなかった。世間は空前の「ゲーム・アンド・ウォッチ」ブームの余韻の中にあり、手軽な液晶ゲームこそが王道だと誰もが信じていた時代だ。
開店の鐘が鳴り、静寂が破られる。売り場の一角に設けたデモ機の前には、開店と同時に数人の親子連れと、新しもの好きの若者たちが集まってきた。私は震える手で、テレビ受像機の裏側にRFスイッチを接続した。画面をチャンネルの二番に合わせる。砂嵐が消え、漆黒の背景に色鮮やかなゴリラの姿が浮かび上がった。
発売記念ソフトの一つ、『ドンキーコング』である。
その瞬間、売り場の空気が一変した。それまでの家庭用ゲーム機とは一線を画す、圧倒的な発色と滑らかな動き。ジャンプするたびに響く小気味よい効果音。喫茶店のテーブル筐体でしか見られなかったはずの光景が、目の前の小さなブラウン管の中で、完璧なまでに再現されていた。一人の少年が、恐る恐るコントローラの十字キーに指を置いた。彼は最初、思い通りに動かせないことに戸惑っていたが、赤いボタンを叩いてキャラクターが飛び上がった瞬間、その瞳に驚喜の火が灯った。
「パパ、これ、ゲームセンターのと同じだよ!」
少年の叫びは、周囲にいた大人たちの足を止めさせた。デモ画面を見つめる群衆の視線は、もはや単なる好奇心ではなく、得体の知れない熱狂へと変わりつつあった。私たちは、ただひたすらに接客に追われた。箱を手にする客の手は一様に汗ばみ、レジが打たれるたびに、一万四千八百円という対価が新しい時代の入場券へと形を変えていった。
夕刻、在庫の山は目に見えて低くなっていた。初期不良を懸念する声や、テレビ接続の煩雑さに眉をひそめる客もいたが、それ以上に、この小さな箱がもたらす未知の体験に期待を寄せる声が圧倒的だった。休憩時間に飲んだ冷めたコーヒーが、これほどまでに美味く感じられたことはない。
閉店後の静まり返った売り場で、私は一台のデモ機の電源を落とした。画面が一点に収束し、消えていく。しかし、私の網膜には、あの鮮やかな赤い服をきた髭の男が、無限の可能性を秘めて跳躍する姿が焼き付いて離れなかった。この「ファミコン」という機械が、単なる一過性の流行で終わるのか、それとも子供たちの居間の風景を根底から変えてしまうのか。その答えが出るには、まだ少しの時間が必要だろう。
店を出ると、夜の空気はいくぶん涼しさを増していた。ネオンサインに彩られた新宿の街を歩きながら、私は自分自身の高揚した鼓動を聞いていた。今日、私は目撃したのだ。一つの電子回路に、百万人の夢が詰め込まれる瞬間の、その最初の一頁を。カバンの中には、自分用に確保した一台が、ずっしりと重みを持って鎮座している。今夜は、眠れそうにない。
参考にした出来事
1983年7月15日、任天堂が「ファミリーコンピュータ」を発売。
当時、家庭用ビデオゲーム市場はエポック社の「カセットビジョン」などが先行していたが、任天堂は業務用ゲーム機に近い描画能力を持つ「ファミリーコンピュータ」を14,800円で投入。同時発売ソフトは『ドンキーコング』『ドンキーコングJR.』『ポパイ』の3本。このハードウェアの登場は、後に「ビデオゲーム」という文化を世界的な産業へと押し上げる決定的な契機となった。