【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『ジキル博士とハイド氏』(スティーヴンソン) × 『阿部定』(実録・昭和文学)
昭和十一年の帝都は、湿り気を帯びた雪の気配と、軍靴の響きに沈んでいた。帝大の医学部で精神生理学を講じる真壁博士は、その端正な横顔に冷徹な知性の仮面を貼り付け、日々、生命の根源を分断する研究に没頭していた。彼の書斎には、ロバート・ルイス・スティーヴンソンがかつて描いた、人間の善悪を分離する劇薬の処方箋を、現代の生理化学によって再現しようとした試作薬の瓶が並んでいる。真壁は確信していた。人間の苦悩は、高潔な理智と卑俗な情欲が一つの肉体に同居しているという構造的欠陥に起因するのだと。
彼は自らを実験台とし、意識の深層に潜む「獣」を抽出する試みを続けていた。しかし、彼がその抽出物に期待していたのは、ハイドのような粗野な暴力ではなかった。彼が求めたのは、一切の社会倫理から解脱し、ただ純粋な「愛」という名の破壊的衝動にのみ殉ずる、絶対的な情念の結晶であった。
その冬、真壁は神田の古ぼけた待合で、一人の女と出会った。名は定。彼女の瞳には、現世の光を一切反射しない黒い虚無が宿っており、その指先は常に何事かを渇望するように震えていた。真壁は直感した。彼女こそが、彼が薬学的に抽出しようとしていた「純粋情念」の生きた依代であると。
「先生、私のなかには、私を食い尽くそうとする別の生き物が棲んでいるのです」
定が漏らしたその言葉は、真壁が夜な夜な手記に綴っていた独白と戦慄するほどに一致していた。二人は、世間の喧騒から隔絶された尾久の茶屋に籠もった。そこは、真壁にとっての実験室であり、定にとっての聖域となった。真壁は自ら開発した特殊な麻薬的溶剤を、定との交歓の合間に自らの血管へと流し込んだ。
薬効が浸透するにつれ、真壁のなかの「博士」は徐々に崩壊し、代わりに、言葉を持たない、ただ触覚と嗅覚のみで世界を解釈する異形の欲望が頭をもたげた。それは、スティーヴンソンの描いたハイドのような醜悪な男ではなく、むしろ定の情念と共鳴し、彼女の影へと同化していく、実体のない闇のような存在だった。
定との情事は、もはや男女の営みを超え、自己と他者の境界を溶かす化学反応へと変貌していった。真壁は定の肉体を通じて、自らの理性がもっとも忌み嫌っていた「独占欲」という名の、猛毒のような悦楽を知る。彼は定の中に、自分自身の鏡像を見た。定もまた、真壁の理性を剥ぎ取るごとに、自らの内側に潜む「もう一人の自分」を完成させていった。
「先生、あなたのすべてが欲しい。この肉体も、そのなかに流れる冷たい理屈も、全部切り取って私のものにしたい」
定の囁きは、真壁が追い求めていた「分離」の論理の完成形であった。真壁は悟った。善と悪を分けるのではない。魂を純粋に保つためには、その魂を宿す不完全な肉体という器を、決定的な瞬間に「切断」し、固定しなければならないのだ。ジキルがハイドを抑え込むことができなかったのは、彼がハイドを「生かして」おこうとしたからだ。ハイドを永遠の美徳に変える唯一の方法は、その絶頂において、肉体という腐敗から切り離すことにある。
五月十八日の未明、真壁は定に最後の手術を許した。彼は自ら調合した薬液により、痛みを感じることなく、しかし意識だけは水晶のように研ぎ澄まされた状態で、その時を迎えた。定の手には、研ぎ澄まされた剃刀が握られていた。
真壁の視界の端で、窓から差し込む黎明の光が定の横顔を照らした。その時、真壁が見たのは、狂婦の形相ではなく、聖母のような慈愛に満ちた、完璧な「理性」の体現であった。彼女は迷いなく、真壁の肉体からもっとも生々しい象徴を切り取った。それは、真壁が長年、数式と論理で到達しようとしていた「個体からの解放」の儀式であった。
真壁の意識が遠のくなかで、彼は最後の手記を心の中で書き終えた。
ジキル博士は、薬によってハイドを作り出した。しかし、私は愛という刃によって、私自身を完成させたのだ。血に染まった定の指先こそが、私の魂を永遠に閉じ込めるための、完璧なホルマリン瓶である。
数日後、警視庁の捜査員が踏み込んだ部屋には、異様な静寂が満ちていた。そこにあったのは、凄惨な猟奇事件の現場などではなかった。そこには、自らの意志で「部分」へと解体されることで、ついに「全体」となった男の、法悦に満ちた死顔と、その死の一部を愛おしそうに抱きしめる女の姿があった。
科学が解明しようとした人間の二元性は、一振りの剃刀によって、あまりにも鮮やかに、そして残酷に統合された。真壁博士の遺体は、医学的な解剖に回されることになったが、検死官たちは首を傾げた。彼の肉体からは、死の恐怖も、苦悶の痕跡も一切見つからなかったからだ。ただ、切り取られたその空白の部位にこそ、彼が一生をかけて追い求めた「純粋な人間」が存在していたことを、冷徹な論理だけが証明していた。
これが、帝都を震撼させた事件の裏側に隠された、もう一つの解剖記録である。理性という名の檻を壊すには、暴力ではなく、それを凌駕する狂信的な所有欲が必要だったのだ。そして、残された定の微笑みは、どの医学書にも記されていない、究極の「分離の成功」を告げていた。