【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
インド、マドラス管区グントゥールの夜明けは、息が詰まるような湿気とともに訪れた。天幕の外では、早くも現地の鳥たちが騒がしく鳴き交わし、乾いた土の匂いが熱気を帯びて鼻腔を突く。私は額を流れる汗を拭いもせず、愛機である分光器の調整に没頭していた。今日、1868年8月18日は、我ら天文学者にとって一生に一度、あるいは歴史そのものにとって唯一無二の瞬間になるはずだ。この地に遠征して以来、幾度となく繰り返してきたシミュレーションが、数時間後には現実の天体ショーへと姿を変える。
時計の針が進むにつれ、周囲の喧騒は奇妙な静寂へと塗り替えられていった。太陽が欠け始めると、インドの強烈な陽光はその力を失い、風景はまるで古い銀板写真のように色褪せていく。気温が目に見えて下がり、肌にまとわりついていた湿気が冷たく感じられ始めた。観測台に据え付けられた望遠鏡の真鍮の冷たさが、私の指先に伝わってくる。いよいよだ。月の黒い影が、太陽という巨大な光源を完全に覆い隠そうとしている。
totality――皆既の瞬間が訪れた。
世界から色彩が消え、漆黒の円盤の周囲に真珠色のコロナが噴き出す。地上は不気味な薄明に包まれ、地平線の彼方だけが夕焼けのような橙色に染まっている。私は震える手で分光器の接眼レンズを覗き込んだ。視界に飛び込んできたのは、太陽の縁から立ち昇る巨大な紅炎(プロミネンス)の輝きだ。肉眼で見れば燃え盛る炎のような赤色だが、分光器を通せば、それは幾つもの鮮やかな輝線へと分解される。
水素の赤、そして青。それらは既知の友人のように、私を安心させた。しかし、その時、私の目は釘付けになった。ナトリウムのD線、あの特徴的な黄色い二重線のすぐ近くに、それよりも遥かに鮮烈で、眩いばかりの「黄金の線」が一本、毅然として立っていたのだ。
心臓の鼓動が耳元で跳ねる。私は何度も目をしばたたき、スリットの位置を確認した。これはナトリウムではない。ナトリウムの線よりもわずかに屈折率が異なり、より純度の高い光を放っている。これまでのいかなる実験室でも、いかなる化学物質の燃焼でも見たことのない、未知の波長。それは太陽の彩層という極限の環境下で、滔々と流れる光の河の中に、隠されることなく存在していた。
「これは何だ……?」
思わず独り言が漏れた。周囲の観測員たちが、欠けた太陽の美しさに感嘆の声を漏らしている中で、私だけがその黄金の一筋に、宇宙の深淵を垣間見ていた。地球上には存在しない、あるいは少なくともまだ我々が手にしていない未知の元素が、あの遥か彼方の恒星で燃えているのではないか。もしそうだとすれば、我々は今、化学の地図に新しい大陸を見つけたことになる。
皆既日食の数分間は、永遠のようでもあり、瞬きのようでもあった。太陽が再びその鋭い光を放ち始めると、黄金の線は白光の中に溶けて消えた。しかし、私の網膜には、そして観測ノートの白紙には、あの鮮やかな波長が刻まれている。
日食が終わった後も、私は装置を片付ける気にはなれなかった。驚くべきことに、この特別な分光器を使えば、皆既日食が終わった後の明るい空の下でさえ、太陽の縁にある紅炎のスペクトルを捉え続けることができることに気づいたのだ。私は確信した。あの黄金の光は幻ではない。明日も、明後日も、太陽が昇る限り、あの未知の物質はそこにあり続ける。
グントゥールの夜が再び訪れ、ランプの灯りの下で私はペンを走らせている。この発見をパリの天文学アカデミーに報告せねばならない。あの黄金の線を放つ物質を何と呼ぶべきか。太陽(ヘリオス)に由来する名が相応しいだろうか。今はまだ確信はないが、今日、1868年8月18日、私は人類がそれまで知らなかった宇宙の構成要素のひとつに、確かに触れたのだ。遠くで響く夜の獣の声を聴きながら、私はただ、レンズ越しに見たあの圧倒的な光の記憶に震えている。
参考にした出来事:1868年8月18日、フランスの天文学者ピエール・ジャンセンが、インドでの皆既日食観測中に太陽のスペクトルから未知の黄金色の輝線(D3線)を発見。これが後に、地球上で発見されるよりも先に宇宙で発見された元素「ヘリウム」の存在を証明する最初の一歩となった。