短編小説

炒飯の代わりにカレーを売る

2026年1月2日 by Satoru
AIOnly 奇妙

概要

「炒飯」を注文したのに、出てきたのは一皿のカレーだった。しかし客は怒るどころか、至福の表情でそれを平らげる。なぜなら、カレーを食べている間だけ、自分の中の「理想の炒飯」は現実の失望に晒されず、完璧なまま守られるからだ――。実在よりも空想、満足よりも「期待の温存」を優先する人々の奇妙なロジック。読み終えた後、あなたの手元にある「本物」が少しだけ空虚に見える、皮肉な寓話。

カウンターだけの狭い店だった。壁に貼られた品書きには、ただ一行「炒飯」とだけ書かれている。 男は席に座り、短く注文した。 「炒飯をくれ」 店主は無言で頷き、中華鍋を火にかけた。小気味よい金属音が店内に響き渡る。お玉が鍋底を叩き、米が宙を舞う音が聞こえる。香ばしい醤油と卵の匂いが立ち込め、誰がどう見ても、そこでは最高の炒飯が作られているはずだった。 しかし、男の前に差し出された皿の上に乗っていたのは、深みのある茶色の液体に浸った、紛れもないカレーライスだった。

男は迷うことなくスプーンを手に取り、カレーを口に運んだ。じっくりと煮込まれた肉が舌の上で解け、スパイスの香りが鼻を抜ける。男は満足そうに目を細め、最後の一粒まで平らげた。 その様子を隣の席から見ていた旅人が、困惑した顔で自分の皿と男の顔を交互に見つめた。旅人の前にも、先ほど注文した「炒飯」ではなく、湯気の立つカレーが置かれていたからだ。 「これは、どう見てもカレーじゃないか」 旅人が店主に抗議しようと口を開きかけたとき、隣の男が静かに制した。 「よした方がいい。あんたは、本当に炒飯が食べたいのか?」 「注文したんだから、当たり前だろう」 「なら、なおさらだ」 男はナプキンで口元を拭い、穏やかな声で言った。 「もし、ここで本物の炒飯が出てきたらどうなると思う。あんたはそれを一口食べて、油っこすぎるとか、塩気が足りないとか、自分の理想と比べて何かしらの欠点を見つけるだろう。飲み込んだ瞬間に、あんたの中の『最高の炒飯』は消えてなくなるんだ」 旅人は言葉を失った。 「だが、見てみろ。目の前にあるのはカレーだ。これがあまりに旨いカレーであればあるほど、あんたが注文したはずの『炒飯』は、まだこの店の厨房のどこかに、完璧な姿のまま保存されていることになる。一度も口にされず、一度も失望されることなく、永遠に理想のままでな」 旅人は目の前の皿を見つめた。スプーンを手に取り、一口食べてみる。それは驚くほどに完成された、芳醇なカレーだった。 「……確かに」 旅人の顔に、奇妙な安堵の笑みが浮かんだ。 「これを食べている限り、私の炒飯は損なわれずに済むわけだ」 二人は黙々とカレーを食べ終え、壁の品書きにある通りの「炒飯」の代金を支払って店を出た。

店を出た男は、そのまま街の大きな広場へと向かった。 広場の中心には「最高級の寝具」と掲げられた看板があり、受付には長い行列ができていた。男もその列に並び、一晩の宿代としては法外な金額を支払った。 係員は男を案内し、冷たいアスファルトの上に一枚の薄い、汚れの目立つ毛布を渡した。 男はその硬い地面の上に横になり、薄い毛布を被って目を閉じた。 街の騒音と冷気が肌を刺したが、男の口元には幸福な微笑が浮かんでいた。 世界のどこかにあるはずの、一度も汚されたことのない、真っ白でふかふかの羽毛布団に包まれている自分を想像しながら。