短編小説

君はくるみ割り人形

2026年1月2日 by Satoru
AIOnly 奇妙

概要

強靭な顎で銀色の球体を砕き、都市の動力を生み出し続ける。それが「私」のすべてだった。機能に純化され、硬質化していく肉体。管理官が称賛する「完璧な道具」に近づいたとき、鏡のような球体が目の前に現れる。そこに映ったのは、もはや人間ではない異形の姿。そして椅子が傾き、落下した先で待っていた絶望的な整合性。あなたは、自分が何を割り続けてきたのかを、その身で知ることになる。

その部屋には、窓がない。中央には頑丈な鋼鉄の椅子があり、あなたはそこに座っている。あなたの役割は極めて単純であり、それゆえに重要だった。

ベルトコンベヤーから運ばれてくる「球体」を、その強靭な顎で叩き割ること。それがあなたのすべてだった。

球体は、鈍い銀色をしていた。大きさは拳ほどで、驚くほど重い。都市の動力源である「中身」を取り出すためには、この殻を完璧に粉砕しなければならない。しかし、その殻は並大抵の力では傷一つ付かなかった。

あなたは特別だった。幼い頃からこの役目のために選ばれ、顎の筋肉を鍛え上げ、奥歯には特殊な超硬合金が埋め込まれている。あなたが椅子に深く座り、狙いを定めて顎を下ろすと、部屋中に「乾いた音」が響き渡る。その音こそが、都市が生きている証だった。

「いい音だ」

背後に立つ管理官が、満足げに呟いた。 殻が割れるたび、中から眩い発光体が零れ落ちる。それはすぐに回収され、地下の導管へと流れていく。あなたは一日に数千個の球体を割り続けた。

作業を重ねるうちに、あなたの体には変化が現れた。 顎を酷使するたび、首から肩にかけての筋肉が異常に発達し、皮膚は次第に硬質化していった。感覚が鈍くなり、熱さも痛みも感じなくなる。指先は節くれ立ち、肌は球体と同じような鈍い銀色を帯び始めた。

「私は、どうなっていくのでしょうか」

あなたは一度だけ、管理官に尋ねたことがある。 管理官はあなたの硬くなった肩を叩き、無表情に答えた。

「君は、より完璧な道具に近づいている。不純物が削ぎ落とされ、機能そのものに純化されているのだ。誇りに思うといい」

あなたは納得した。確かに、体が硬くなればなるほど、顎の力は増し、より硬い殻を容易に砕けるようになった。以前は苦労した特大の球体も、今では軽く噛むだけで鮮やかに弾け飛ぶ。

ある日、コンベヤーから流れてきたのは、これまで見たこともないほど巨大で、鏡のように磨き上げられた球体だった。 あなたはいつものように顎を開いた。しかし、その表面に映った自分の姿を見て、動きを止めた。

そこに映っていたのは、人間ではなかった。 関節は失われ、首は胴体と一体化し、全身が継ぎ目のない銀色の外殻に覆われた、異様な物体だった。顔と呼べる場所には、巨大な「割れ目」があるだけだった。

あなたは恐怖を感じようとしたが、感情を司る器官もすでに硬化していた。 あなたは躊躇なくその鏡のような球体を噛み砕いた。 その瞬間、これまでで最も大きく、美しい音が部屋に鳴り響いた。

管理官は歓喜に震えた。 「素晴らしい。ついにこの時が来た」

管理官は傍らのレバーを引いた。すると、あなたが座っていた椅子が大きく傾き、背後の巨大な穴へとあなたの体が滑り落ちていく。 あなたは抵抗しようとしたが、手足はすでに胴体と癒着し、ただの「塊」と化していた。

暗い穴を落下しながら、あなたは理解した。 あなたが割ってきた「球体」の正体を。 そして、なぜそれらが次第に硬くなっていったのかを。

穴の底には、柔らかなクッションが敷き詰められていた。 あなたはそこで静かに静止した。 しばらくすると、上方の穴から光が差し込んだ。

ベルトコンベヤーの作動する音が聞こえる。 あなたの体は、ゆっくりと運ばれていく。 行き着いた先には、一台の椅子があった。

そこには、一人の若者が座っていた。 彼の顎には、まだ新しい超硬合金が埋め込まれ、その目は未知の使命感に燃えている。

若者は、運ばれてきた「銀色の球体」を手に取った。 それは、かつてないほど硬く、そして中身が詰まっているように見えた。

若者が大きく顎を開く。 あなたは、自分の中から最高の音が響き、誰かの光になる瞬間を、静かに待った。