概要
母が遺したのは、古びた台所と一冊のレシピノート。文字の端々に宿る「母の体温」に触れたとき、止まっていた私の時間は、静かに、そして激しく溢れ出す。喪失の先にある光を描く、大人のための物語。
台所の壁に掛かった時計は、三時十五分を指したまま止まっていた。
葬儀を終えて三日目。誰もいなくなった実家は、驚くほど静かだった。窓から差し込む午後の光の中に、細かな埃がダンスを踊るように舞っている。私はダイニングテーブルの椅子に深く腰を下ろし、冷え切ったステンレスの流し台を眺めていた。
母は、この場所で一生の半分以上を過ごした。 換気扇の淵にこびりついた薄い油汚れや、使い込まれて柄の部分が剥げたお玉。それらはすべて、母がここで家族のために戦い、慈しんできた証だった。
私は立ち上がり、棚の奥から古びた一冊のノートを取り出した。 母が長年書き溜めていたレシピノートだ。表紙には醤油のシミがあり、角は茶色く丸まっている。ページをめくると、母の独特な丸文字が並んでいた。
「肉じゃが:じゃがいもは面取りを。煮崩れたほうが美味しいけれど、あの子は綺麗な形が好きだから」
文字をなぞると、指先に母の乾いた手の感触が蘇る。冬になるとあかぎれで絆創膏だらけだった、少し生姜の匂いがする手。その手が、反抗期で口も利かなかった私のために、黙々とじゃがいもの角を削っていたのだ。
私は冷蔵庫を開けた。 中には、もう主を失った食材が静かに出番を待っていた。野菜室の隅に、新聞紙に包まれた小さな塊を見つける。広げてみると、それは母が漬けた糠漬けの茄子だった。
包丁を握る。トントン、とまな板が鳴る。 その音だけが、静まり返った家に響く。茄子を切り、母の茶碗に一切れ乗せた。 炊き立ての湯気が立ち上る。私は、母が座っていた場所に向かい合わせで座り、箸を取った。
茄子を口に運ぶ。 舌の上で広がる、少し強めの塩気と、発酵した糠の深い香り。それは、私が子供の頃から「しょっぱい」と文句を言い続けてきた、あの味だった。
「お母さん、やっぱりこれ、しょっぱいよ」
独り言が、冷たい空気の中に溶けていった。 その瞬間、視界が急激に歪んだ。喉の奥が熱くなり、せり上がってくるものを抑えることができない。私は箸を置き、両手で顔を覆った。
母が死んでから一度も流せなかったものが、指の間から溢れ出し、テーブルに小さな水溜りを作っていく。
それは、母が病床で最後に私の手を握った時の、驚くほど弱々しい、けれど確かな熱を思い出させたからだった。あの時、母はもう言葉を発することはできなかったが、その指先の震えは「ごめんね」ではなく、「大丈夫よ」と言っているように感じられた。
泣き止んだ後、私はノートの最後のページに目をやった。 そこにはレシピではなく、走り書きでこう記されていた。
『四月十日。窓から見える桜が綺麗。今日、娘が買ってきたお菓子を美味しいと言ってくれた。それだけで、お腹がいっぱいになる。』
西日が部屋の隅々まで赤く染め上げていた。 私は立ち上がり、止まっていた時計を外した。裏側のつまみを回し、秒針を今の時刻に合わせる。
カチッ、カチッ、カチッ。
乾いた音が、再び家の中に脈動を刻み始めた。 私はノートを閉じ、胸に抱き寄せた。そこにはまだ、消えることのない微かな温もりが宿っているような気がした。
台所の勝手口を開けると、夕暮れの風が入り込んできた。 明日、私は自分の家で、このノートの続きを書こう。じゃがいもの角を丁寧に、けれど少しだけ崩して、母が教えてくれたあの「しょっぱい」味を、未来へ繋ぐために。
空には、深い藍色が広がり始めていた。