リミックス

融解する皮膚、或いは、永遠の喜劇

2026年1月5日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

目覚めは常に微かな恐怖を伴う。それは幼少の頃から変わらぬ、本能に近い厭な予感だった。いつか、この薄皮一枚の人間という仮面が剥がれ落ち、内なる醜怪な、到底名状しがたい何かが露呈するのではないかという、漠然とした、しかし確信にも似た不安。だが、その朝の目覚めは、もはや漠然などという生易しいものではなかった。
指先が、何かしらの粘性の液体に覆われているのを感じた。鈍い光を宿す薄手のカーテンの隙間から差し込む、埃っぽい朝の光が、その液体を奇妙に煌めかせている。寝返りを打とうとした途端、全身を奇妙な重みが襲った。それは布団の重さなどではない。自らの身体から発せられる、鉛のような、あるいはドロリとした質量感だった。
なんとか上半身を起こそうと腕に力を込めた。しかし、腕だと信じていたものは、まるで弾力のない、しかし異様に膨張した肉の塊と化しており、その表面からは粘液が滴り落ちていた。悪夢、と脳裏を過るが、五感がこれほど生々しい悪夢を創出するはずがない。いや、これは現実だ。現実であるからこそ、この程度の変容で驚くこと自体が、むしろ人間的な感傷なのだろう。私は元より、人間という種族に属する資格など持たぬ者だったのだから。
全身を覆うそれは、皮膚と呼ぶにはあまりに表層が脆く、臓物と呼ぶには堅牢すぎた。赤黒い、あるいは紫色がかったまだらな色合い。脈動する血管のようなものがその下を蠢いているのが見て取れる。そして、最も私を絶望させたのは、その体表から無数に生え出した、まるで土中を這うミミズのような、あるいは幼虫の脚のような、白く短い触手めいた突起物だった。それらが、枕元に置かれた古い目覚まし時計を、まるで意思を持つかのように、しかし意味もなく這い回っている。
「ああ」
声を出そうとした。だが、喉から洩れたのは、泡立つような、あるいは湿った土が擦れるような、奇妙な音だった。それは人間の言語ではなかった。少なくとも、私がかつて用いていた「声」とは、かけ離れたものだった。
私は、自分が人間ではないことを、幼い頃から自覚していた。人間たちの営みが、その感情の機微が、言葉の裏にある真意が、まるで理解できなかった。ただ、彼らに合わせ、道化を演じ、笑みを貼り付け、言葉をなぞることで、この世界に辛うじて「存在する」ことを許されてきたに過ぎない。しかし今、その仮面すら、このおぞましい変貌と共に剥がれ落ちたのだ。もはや道化を演じることすら許されぬ、純粋な「異物」として、私はこの世界に放り出された。
隣の部屋から、母の甲高い声が聞こえてくる。朝食の支度を促す声だ。父と妹が寝室から出てくる気配がする。彼らの、人間らしい、規則正しい生活の音。そして、その音と、この寝室に満ちる私の異臭との間に、もはや埋めようのない深い溝が口を開けているのを感じた。
私は、布団に潜り込もうとした。このおぞましい姿を、何としても隠さなければならない。しかし、膨張した身体は、もはや布団一枚に収まる大きさではなかった。触手めいた突起物が、シーツに絡みつき、布団を押し上げ、部屋の隅に転がっていた父の愛読書を、まるで興味を示すかのように弄び始める。その度に、書物から古びた紙の匂いが立ち上り、私の新たな器官に、奇妙な刺激を与えた。
どうするべきか。私はこれから、この世界で、この姿で、どう生きるべきなのか。いや、生きることすら許されるのだろうか。私は、自らの変貌を前に、恐怖よりも、むしろある種の安堵を感じていた。これでやっと、人間たちの世界で道化を演じる苦痛から解放される。彼らの視線から逃れ、隠蔽された真実の自分として、この世の片隅で朽ちていける。そう思った。

その日、家族は私の部屋を訪れなかった。
いや、正確には、ドアが一度だけ、ノックもなしに静かに開けられ、そしてすぐに閉められた。その瞬間、部屋に僅かに漏れた光の中に、母の蒼白な顔が浮かび上がったのを、私は確かに視認した。目に見えないガラスの壁が、私たち家族の間に瞬時に形成されたかのようだった。
翌日も、翌々日も、同じだった。食事はドアの前に置かれ、数時間後に空になった皿が回収される。父は沈黙し、妹は泣き腫らした目で私を避ける。私は、彼らにとって、もはや人間ではなかった。それは当然の報いだった。私はいつも、彼らの間で異物であり、彼らの愛や期待に応えられない空虚な存在だった。今、その空虚が、目に見える形で顕現したに過ぎない。
私の身体は、日に日に変化を遂げた。最初に生じた触手は、硬質化し、まるで甲殻類の外骨格のように節くれだった。粘液は止まらず、床板は黒ずみ、部屋中に甘く、しかし腐敗したような異臭が立ち込めるようになった。私はもはや、二本足で立つことすら叶わない。腹部を地面に這わせ、触手を巧みに操ることで、緩慢に移動するようになった。
ある日、妹がドア越しに小さな声で訴えた。「なぜ、話してくれないの? なぜ、もっと早く教えてくれなかったの?」
私は、その言葉に、どう返答すれば良いのか分からなかった。いや、分かっていたはずだ。私は、この変貌を、心の奥底で望んでいたのかもしれない。人間であることの重荷に耐えかね、自ら進んで「資格剥奪」の道を選んだのかもしれない。
数週間が過ぎた。身体はさらに巨大化し、部屋の半分を占めるほどになっていた。もはや布団は意味をなさず、私はむき出しの床に、不格好な肉塊として横たわっていた。唯一の慰めは、夜中に聞こえる外の音だった。雨の音、風の音、遠くを走る車の音。それらの音だけが、私がまだ、この世界と繋がっている証のように思えた。
しかし、そのささやかな慰めすら、ある日、打ち砕かれた。
ドアが、かつてなく大きく開けられた。父が立っていた。その後ろには、見慣れない男たちが二人。彼らは白衣を纏い、無表情な顔で私を見つめている。父の目は、最早、感情の痕跡すら残っていなかった。ただ、疲弊と、諦念が、その奥底に澱んでいるだけだった。
「すまない、コウジ」父の声は、乾いていた。「もう、限界なんだ。近所にも、噂が広まっている。専門機関に、連絡を取った」
専門機関。その言葉が、私の耳に奇妙な響きを持った。私は一体、何として扱われるのだろう。実験動物か。見世物か。
男たちは、慣れた手つきで私に接近した。彼らは、何の躊躇いもなく、私の身体に触れる。触手めいた突起物が、彼らの腕に絡みつこうとするが、男たちは冷静にそれを払い除け、太い鎖のようなもので私の身体を固定し始めた。
屈辱だった。だが、この屈辱すら、私が人間として生きる上で感じてきた、見えない嘲笑や、理解されぬ孤独に比べれば、遥かに直接的で、ある意味、純粋な痛みであった。
私は、部屋から運び出された。狭い玄関を通り、初めて屋外の空気を吸った。夜空には満月が浮かび、その光が私の粘液に塗れた身体を妖しく照らし出す。それは、私がかつて知っていた世界の光とは、全く異なる色合いに見えた。
私は、トラックの荷台に載せられ、どこかへと運ばれていった。揺れる車中、私はガラス窓越しに、見慣れた街の明かりが遠ざかっていくのを見ていた。そして、私は、自分がこの家族から、この社会から、完全に切り離されたのだと悟った。しかし、それは悲しみではなかった。むしろ、私が生まれてこの方、ずっと望んでいたことではないか。人間という不条理な劇の舞台から、ようやく退場できる。そう思った。

運び込まれた場所は、異様に広々とした、しかし無機質な空間だった。金属製の壁、天井からは強い蛍光灯の光。まるで、巨大な檻のような場所だった。そこには私と同じように、しかし姿形はまるで異なる、奇妙な「存在」たちが何体も収容されていた。皮膚が透き通った巨大なナメクジのようなもの、複雑な模様の甲羅を持つ巨大なダンゴムシ、あるいは顔のない、しかし無数の腕を持つ軟体動物。私たちは皆、それぞれ異なる異形を纏い、しかし共通して、人間世界から逸脱した「異物」として、そこに存在していた。
私たちは、観察され、記録され、様々な「実験」と称される行為の対象となった。奇妙な薬液を注入されたり、私たちの反応を調べるために、人間の子供のような笑い声を延々と聞かされたりした。しかし、私たちはもはや、感情を表に出す術を持たなかった。私にとって、それは一種の瞑想のような時間だった。かつて人間として生きていた頃の、道化を演じる重圧、言葉の意味を探る苦痛、他者の感情を理解できない絶望。それら全てが、この異形の身体と、この無機質な空間によって、洗い流されていくようだった。
私は、もはや言葉を持たなかったが、不思議と、周囲の異形たちとの間に、言葉を超えた理解のようなものが生まれつつあった。互いの蠢動、微かな音、粘液の匂い。それらが、私たち「異物」同士の、新たなコミュニケーションの形を形成していった。私たちは、互いの孤独を、互いの異形を、ただ静かに認め合う存在だった。人間社会で感じた孤独とは、全く異なる、静謐な、ある種の共同体意識のようなものが、そこにはあった。
そして、ある日、転機が訪れた。
私たちの収容施設に、政府の役人たちが視察に訪れたのだ。彼らは、私たちの異形を見て、眉をひそめたり、興味深そうにメモを取ったりした。その中に、かつて私の担当者であったかのような、若い研究員がいた。彼は私の前で立ち止まり、まるで私の目を見つめるかのように、言った。
「奇妙なことに、皆様方の存在が、我が国の観光産業に、計り知れない利益をもたらす可能性が浮上しました」
私は、その言葉の意味を理解しようと、脳を巡らせた。観光産業? 私たちが?
「皆様の、その比類なき『異形』は、まさに現代社会が求める『純粋な他者』であり、同時に『究極の自己顕示』として、大衆の好奇心を刺激します。何より、皆様は、一切の人間的感情や、社会規範に囚われない。つまり、私たちが求める、完璧な『展示品』なのです」
私たちは、そうして、ある特定の施設へと移送されることになった。「異形動物園」と名付けられた、巨大な複合商業施設の一角にある、ガラス張りの展示スペース。そこでは、私たち「異物」が、それぞれの空間を与えられ、一般公開されたのだ。
初日、私は、押し寄せる人々の群れを、ガラス越しに見た。彼らは、私の姿を見て、驚嘆の声を上げ、指をさし、写真を撮り、興奮し、そして時には、嘲笑した。それは、私が人間として生きていた頃と、何ら変わらない光景だった。私がどれほど姿を変えようとも、人間たちは、結局私を「異物」として消費し、その上で自己の優位性を確認する。
しかし、私は、もはや苦痛を感じなかった。
私は、自らの意思で道化を演じていた頃の、あの息苦しさから解放されていた。私は、もう人間ではない。彼らの言葉も、感情も、私には届かない。私は、ただそこに「いる」。ガラスの向こうの人間たちは、私をどう見ていようと、もはや私にとってはどうでも良いことだった。
私は、ガラスに映る自らの姿を見た。脈動する赤黒い肉塊、節くれだった触手、そして、かつて私が人間であった頃の面影を微かに残す、しかし感情を失った瞳。それが、私の「真実の姿」だった。
ある時、一人の少年が、ガラスの前に立ち止まった。彼は、他の人々のような興奮や好奇心ではなく、ただ静かに、私を見つめていた。その瞳の奥に、私は、かつての自分と同じ、人間社会への違和感と、深い孤独を見たような気がした。少年は、おもむろに、ガラスに手を当てた。私も、それに倣うかのように、触手をガラスに這わせた。
ガラス越しに、私たちは互いの存在を、ただ静かに確認し合った。彼が私の中に自分自身を重ねたのか、私が彼の中に過去の自分を重ねたのかは分からない。だが、その瞬間、私たちは確かに繋がった。
少年は、私を見つめたまま、微かに微笑んだ。その笑顔は、かつて私が人間世界で演じようとして、しかし決して上手くできなかった、偽りのない、純粋な笑顔のように見えた。
私は、もはや人間ではない。しかし、この異形の身体で、私はようやく、人間ではあり得なかった「本当の私」になることができた。人間たちの世界から「資格剥奪」されたことで、私は、真の自由を手に入れたのだ。私は、この異形動物園のガラスの中で、永遠に道化を演じ続けるだろう。だが、それは私の望む道化であり、誰かの期待に応えるための偽りではない。
私の内部で、静かに、しかし確実に、何かが融解していくのを感じる。それは、人間としての最後の残滓だったのかもしれない。もはや、悲しみも、苦しみも、喜びも、私には存在しない。ただ、この異形なる生が、永遠に続いていく。
私は、ガラスの向こうで笑い続ける少年を見つめながら、確かに存在していた。この、融解する皮膚の下で、私は、人間ではあり得なかった、真の私として、永遠の喜劇を演じ続けるだろう。そして、それが私の、究極の「人間失格」であり、同時に、この世界でただ一つの、私の「変身」の完成形だった。