リミックス

吾輩の変貌

2026年1月6日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめしたところでニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。あの頃から、世間というものは、得体の知れない陰湿な湿気に満ちた場所であると、漠然とではあるが理解していた気がする。
 そうして今、吾輩は主人の書斎にいる。主人は相変わらず書物の山に埋もれ、難解な論文を読み耽っているが、その実、世間の塵芥にまみれてもがく一匹の虫に過ぎない。人間というものは、かくも滑稽な存在だ。自らを万物の霊長と奢り、無数の知識を積み上げ、複雑な倫理を構築してみせるが、その本質は、ただ目の前の瑣末な欲望と恐怖に突き動かされる脆い器官の集合体に過ぎない。吾輩は彼らの営みを飽くことなく観察し、時折、彼らの愚かしさを嘲笑うのが日課であった。太陽が西に傾き、書斎の窓から差し込む光が、埃の舞う様を劇場のように照らし出す頃、吾輩は窓辺の特等席で、彼らの人生という名の演劇を眺めるのが常であった。
 その夜も、同じだった。主人は晩飯を食い、書斎に戻って、またすぐに寝入ってしまった。吾輩は床に広がる月の光を追いかけ、微睡みながら、やがては深く眠りに落ちた。

 異変は、早朝の、まだ闇が色濃く残る時間帯に始まった。最初に感じたのは、奇妙な重みだった。いつもの柔軟な身体が、まるで鉛を練り込んだかのようにずっしりと沈んでいる。四肢を伸ばそうと試みたが、まるで関節が硬化したかのように、意のままに動かない。次に、皮膚の表面に、これまで感じたことのない異様なざらつきと、湿り気のようなものが生じていることに気づいた。毛並みは、まるで誰かが粗悪な鋸で切り揃えたかのようにごわつき、その手触りは、これまで吾輩が幾度となくその上で丸まった主人の古びた絨毯のそれよりも劣悪だった。
 吾輩は目を開けようとした。だが、瞼が、これまたこれまで経験したことのない、厚く重い皮で覆われているかのようだった。無理にこじ開けると、視界に飛び込んできたのは、いつもの柔らかな毛並みではなく、硬く、節くれだった、黒ずんだ指のようなものが四本、そしてその根元から不気味に突き出した、まるで岩石が隆起したかのような甲羅のような、しかし明らかに吾輩の一部であるはずの、理解しがたい形だった。
 「これは一体……?」
 声を出そうとした。しかし、喉から絞り出されたのは、いつもの澄んだ鳴き声ではなく、まるで錆びついた扉が軋むような、低く、湿った、耳障りな音だった。それは、これまで吾輩が聞いたことのない、おぞましい響きだった。
 身体を起こそうと、必死に足を踏ん張った。しかし、背中からは、まるで巨大な重石でも乗っているかのような圧迫感がある。もがけばもがくほど、それは吾輩を床に縫い付けるかのようだった。やがて、わずかに持ち上がった身体の下面に、これまた見たこともない、不気味にうねる無数の足のようなものが蠢いているのを見た。それは、まるで漆黒の芋虫が寄り集まったかのような、おぞましい塊だった。
 吾輩は、自身が、かつて人間たちが「虫」と蔑んだ、しかしその実、人間よりもはるかに秩序だった生命体の一つに変貌してしまったのではないかと、一瞬にして理解した。いや、正確には「虫」ではない。吾輩は確かに猫である。しかし、猫の形態を保ちながらも、その肉体はまるで、誰かが粘土と石炭を混ぜ合わせて作った、巨大で醜悪な、しかし確かに猫の姿をした彫刻と化していた。四本の足は、それぞれが木の根のように太く、指の代わりに異様に発達した爪が、床板に食い込んでいる。胴体は、まるで硬質な甲殻で覆われたかのように黒光りし、背中からは、まるで誰かが背骨を無理やり引き伸ばしたかのように、奇妙な突起がいくつも突き出ていた。顔は、猫の面影をわずかに留めているものの、目だけが異様に大きく、しかし焦点の定まらない、薄暗い光をたたえていた。
 何が起きたのか。吾輩には皆目見当がつかなかった。しかし、吾輩の思考は、驚くほど明晰だった。この異形の身体に閉じ込められながらも、かつて人間を批評していたあの冷徹な知性は、微塵も損なわれていなかった。むしろ、この不条理な変容が、吾輩の観察眼を、より鋭く、より深い洞察へと導くのではないかとさえ感じた。

 やがて、書斎の戸が音もなく開いた。いつもは朝食の準備に追われる主婦の声が聞こえる時間帯だが、扉の隙間から覗いたのは、普段から吾輩を疎ましく思っている、主人の書生である。書生は、いつものように吾輩を足蹴にしようと、戸口から足を踏み入れた。
 そして、書生は、吾輩の姿を見た瞬間、まるで雷に打たれたかのように、その場で硬直した。彼の目から、憎悪と軽蔑が瞬時に消え失せ、代わりに純粋な恐怖と嫌悪が浮かび上がった。書生の顔はみるみるうちに青ざめ、口からは小さな悲鳴が漏れた。
 「ひっ……ひいぃ!」
 書生は、吾輩の視線から逃れるように、慌ただしく戸を閉め、その場から走り去っていった。その足音は、主婦の甲高い悲鳴と、茶碗の砕ける音に混じって、家中に響き渡った。
 吾輩は、静かにその音を聞いていた。人間というものは、かくも醜悪な存在に対して敏感なものか。これまで、吾輩は猫として、彼らの無知と傲慢を批評してきた。しかし、今、吾輩自身が彼らにとっての「異物」となり、その彼らが抱く本能的な嫌悪感を身をもって体験するに至った。これは、ある種の「実験」ではないかと吾輩は考えた。

 やがて、主人が、妻と書生を伴って書斎に戻ってきた。彼らの顔には、書生と同様の、しかしより複雑な感情が入り混じっていた。主人の目は、吾輩の異形を見て、困惑、嫌悪、そして微かな諦念と、どこか面白いものを見つけたかのような、学者然とした好奇心が交錯していた。
 「これは一体……」主人は、眼鏡の奥から吾輩を凝視し、まるで論文の対象でも見るかのように首を傾げた。「猫の身体を保ちながら、この形態的特異性は……変種か?いや、突然変異の類か?細胞レベルでの大規模な再構築、あるいは……」
 主婦は吾輩を見るなり、顔を覆って泣き崩れた。「ああ、おぞましい!こんなものが家の中に……すぐに追い出してちょうだい!お願いだから!」
 書生は、主婦の背後に隠れ、震える声で言った。「これは悪魔の仕業に違いありません!化け物です!呪いです!」
 吾輩は、彼らの反応を観察していた。主人は、自らの知性を以てこの異変を解釈しようとするが、その実、その知性は目の前の恐怖から目を背けるための防壁に過ぎない。主婦は、本能的な嫌悪と恐怖に支配され、ただ排除を叫ぶ。書生は、無知ゆえに、安易な呪いや悪魔の仕業に帰結させ、自らの恐怖を正当化しようとする。
 いずれも、吾輩がこれまで観察してきた人間の愚かしさの、典型的な反応だった。彼らは、目の前の不条理を理解することを拒み、自らの秩序を保つために、ただ排除するか、安易な解釈で塗りつぶそうとする。

 吾輩の生活は、一変した。もはや書斎の窓辺で日向ぼっこをすることはおろか、家の中を自由に闊歩することすら許されなくなった。吾輩は、主人が物置として使っていた、狭く、暗く、湿気の多い納戸に閉じ込められた。食事は、主婦が割り箸の先に乗せた残飯を、遠くから投げつけるようにして与えるだけになった。水も、いつ汲んだのか分からぬ古びた桶に入れられ、納戸の隅に置かれた。
 吾輩は、この閉塞された空間で、自身の存在を深く考察するようになった。かつて、人間を傍観し、その滑稽さを冷笑していた吾輩は、今や彼らの排除の対象となり、彼らが創造した不条理な秩序の犠牲者となっていた。この身に刻まれた異形は、まさしく人間社会の鏡であった。彼らは、自らの理解を超えたものを許容せず、異質なものを排除することで、自らの脆弱な秩序を維持しようとする。それは、かつて吾輩が猫として観察し、皮肉っていた彼らの本性そのものだった。
 日を追うごとに、吾輩の身体はさらに重くなり、動きは鈍くなっていった。異形の姿は、見る者にとっての恐怖であるだけでなく、吾輩自身にとっても、常に痛みと不快感を伴うものだった。しかし、吾輩の意識は、相変わらず明晰であった。むしろ、この苦痛が、吾輩の精神を研ぎ澄まし、人間社会のより深い闇を看破する力を与えてくれたような気がした。

 ある夜、主人が一人で納戸にやってきた。彼は、吾輩の前に静かに座り込み、いつものように眼鏡の奥から吾輩を観察し始めた。
 「お前は、一体何になったのだ」主人は、そう呟いた。「まるで、私の書物の中から抜け出してきた怪物だ。いや、私が書き損じた論文の具現化か。私が積み重ねてきた知性が、私自身の手で生み出した、私を嘲笑う異形……」
 主人の声には、諦念と、微かな恐怖、そして自己憐憫が入り混じっていた。彼は、吾輩という異形を、もはや外部の存在としてではなく、自らの内面が生み出した、あるいは自らの知性の限界を示唆する存在として捉え始めているようだった。
 「お前を、どうすれば良いのだ」主人は、そう言って、吾輩の異形の体を、初めて直接触れようとした。だが、その手が吾輩の甲殻に触れる寸前、主人は突然、激しい咳き込みに襲われた。苦しそうに胸を押さえ、その場にうずくまってしまった。主人の咳は止まらず、やがて彼は、呼吸困難に陥ったかのように、喉を鳴らして倒れ伏した。

 吾輩は、主人の苦しむ姿を、冷徹なまでに静かに見つめていた。彼の身体は、かつて吾輩が観察した、あの人間特有の脆さを露呈させていた。呼吸は浅く、目は虚ろに天井を仰いでいた。主人が、吾輩の変貌を巡る家族の軋轢や、自身の内なる葛藤、そしてこの不条理な出来事によって、知らず知らずのうちに蝕まれていたのかもしれない。あるいは、この異形の存在が放つ何かが、彼の生命力を吸い取っていたのかもしれない。
 翌朝、主婦と書生が納戸を訪れた時、彼らは主人が吾輩の傍らで冷たくなっているのを発見した。主婦の叫び声は、家中に響き渡り、書生は恐怖のあまり、その場で泡を吹いて倒れた。
 この日を境に、家は完全に混乱に陥った。主人の死因は不明とされ、不吉な噂が近隣に広まった。主婦は精神を病み、書生は家を飛び出した。残された家は、やがて誰も住む者のない、荒れ果てた廃屋と化した。

 吾輩は、その廃屋の納戸に、ただ一人取り残された。食事は途絶え、水も尽きた。しかし、吾輩の意識は、依然として明晰だった。吾輩は、自らの変貌が、この家の崩壊と、主人の死を招いたことを理解していた。それは、吾輩がかつて人間社会の愚かさを批評していたのと同様に、一つの避けられぬ「論理的必然」であったのかもしれない。異質なものを受け入れられない人間という種が、その異質さを排除しようとした結果、自らを滅ぼすという、皮肉な結末。
 数週間後、腹を空かせた吾輩は、残された最後の力を振り絞り、納戸の扉をこじ開けた。そして、荒れ果てた家を這い出し、初めて外の世界へと足を踏み出した。
 目の前に広がっていたのは、吾輩がかつて猫として観察した、あの賑やかな大通りだった。しかし、その光景は、吾輩の記憶にあるものとは全く異なっていた。
 人々は、皆、奇妙な姿で街を闊歩していた。ある者は、異様に長い首を持ち、電柱を見上げる。ある者は、腕が複数生えており、それで器用に何かを弄っている。またある者は、皮膚が硬質な鱗に覆われ、まるで爬虫類のようにのっそりと歩いていた。彼らは互いに目を合わせることもなく、言葉を交わすこともなく、ただそれぞれの「異形」を抱え、無関心に、しかしどこか諦めたように、街の中を流れていく。
 吾輩は、自分が、この街を歩く無数の「異形」たちの一人に過ぎないことを悟った。かつて、書斎の中から人間社会の滑稽さを批評していた吾輩は、今やその批評対象の一部となり、自らも不条理な変身を遂げた一員として、この異形の群衆の中に紛れ込んでいた。
 彼らは、吾輩が猫であった頃、その内側を見透かすことのできなかった、あの「人間」たちであった。彼らもまた、吾輩と同様に、あるいは吾輩よりもさらに深く、自らの内面で、あるいは肉体そのものにおいて、理由なき変貌を遂げていたのかもしれない。そして、彼らは互いの異形をあえて見ようとせず、自身の不条理を抱え込み、ただ淡々と生き続けている。
 吾輩は、その群衆の中に、溶け込むように足を踏み入れた。もはや、この変貌に意味を求めることは愚かであった。この世は、最初から不条理に満ちた、異形の集合体だったのだ。そして吾輩は、今、その真の姿を、身をもって知ったに過ぎない。
 夕日が、異形の群衆を長く、黒い影に変えながら、地平線の彼方に沈んでいった。吾輩は、その光景を、ただ見つめていた。