リミックス

虚飾の海鳴り

2026年1月6日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

私が初めて淺海教授の書斎を訪れたのは、潮の香が重く立ち込める夏の午後であった。海辺の旧家に彼は独り住まい、その窓からは紺碧の水平線が際限なく広がり、時に白い波頭が遠く砕ける音が届く。彼は学界の孤高の存在であり、その論理の晶壁の如き堅牢さは衆人の敬意を集めていたが、同時に、近寄りがたい氷のような孤独を纏っていた。彼の目は、遠い過去の残像を追うかのように、常に一抹の憂いを宿していた。私は彼の弟子の一人として、その深淵を覗き込みたいという、ほとんど病的な好奇心に駆られていた。

ある日、教授の旧友である靜間博士が彼の許を訪れた。靜間博士は、生きた学問の精髄を体現したような人物で、その厳格なまでの禁欲主義は教授とは異なる種類の崇高さを放っていた。二人の邂逅は、過ぎ去りし日の幻影を呼び覚ますかのようであった。彼らの間には、言葉にはならぬ共振と、しかし同時に、微かな、触れてはならぬ溝のようなものが感じられた。その溝は、教授の瞳の奥に宿る憂いの源泉であると、私は漠然と予感していた。

教授の私邸に時折、大学理事長の令嬢である凛さんが訪れるようになった。彼女は知性と美を兼ね備え、その清らかな存在は、長らく男ばかりの書斎に差した一条の光であった。教授は彼女の聡明さに目を細め、靜間博士もまた、彼女との知的な対話に心から楽しむ様子であった。私もまた、彼女の優雅さに密かに心を奪われていたが、それは彼らの間に流れる清冽な調べを乱すにはあまりに微かな感情であった。

しかし、その調和を打ち破るかのように、黒田助教授が静かに姿を現した。彼は教授の秘書を務め、常に教授の意を汲み、忠実に仕えるかに見えた。その眼差しは鋭く、言葉は控えめながらも的確で、教授の周りの空気の変化を誰よりも早く察知するようであった。彼は教授の精神を蝕む病の影を認識し、それを自らの手で加速させる術を知っていた。

最初に、黒田助教授は教授に、靜間博士の行動を疑問視するような、取るに足らぬ、しかし巧みな示唆を与えた。「靜間先生のあの清廉さは、時に人を欺く仮面となり得ます。高潔であればあるほど、人はその裏に隠された俗なる欲望を想像しがちです」彼はそう言って、意味ありげに視線を凛さんの方へやった。教授は初め、鼻で笑った。靜間博士の精神的な高みに疑いを抱くことなど、彼には想像もつかなかったからだ。しかし、黒田助教授は諦めなかった。彼は澱んだ空気の中に、目に見えぬ毒を少しずつ滴らせ続けた。

ある日、凛さんが教授の書斎に忘れていった一編の詩が、偶然、靜間博士の書物に挟まっているのが見つかった。それは凛さんの手になるものではなく、書物に記されていたのは、どこかの文人の恋を謳う詩句であった。黒田助教授はそれを見て、眉一つ動かさず言った。「靜間先生も、人間ですから。若き女性の純粋さに、心を揺さぶられることは自然なことかと。あるいは、教授への敬意と友情の陰で、秘かに思いを寄せておられるのかもしれません。」

教授の顔色が変わった。それは、過去の己の過ちが、またしても目の前で繰り返されているかのような錯覚に、彼が囚われた瞬間であった。己の友が、己が愛おしむものを奪おうとしているのではないか。その疑念は、彼自身の若き日の経験と重なり、理性では制御しがたい衝動として彼の内を席巻した。彼は、自らが過去に陥った欺瞞と裏切りの深淵を、今まさに靜間博士が見せているのだと、曲がった鏡を通して確信し始めた。

教授の態度は次第に冷淡になり、靜間博士は戸惑いを隠せない様子であった。凛さんは二人の間の不和を察し、その関係を修復しようと努めた。彼女は、教授と靜間博士が共に心血を注いだ研究の成果を教授に差し出し、博士の誠実さを訴えた。しかし、黒田助教授は、その行為さえも教授の疑念を深める餌とした。「凛さんは、靜間先生を庇っておられますね。その献身的なお気持ちは、彼への特別な感情の表れなのでしょうか。」

この言葉は、教授の心を決定的に打ち砕いた。彼は、凛さんの純粋な善意を、靜間博士への隠された愛情と解釈した。彼の知的プライドは激しく傷つき、過去の裏切りの記憶が、彼の理性を麻痺させた。彼は、己の知性が誤りを犯すはずがないという傲慢さ故に、黒田助教授の用意周到な罠から逃れる術を持たなかった。彼にとって、靜間博士はもはや、友情を裏切り、純粋さを冒涜する、偽善者に他ならなかった。

そして、ある日のこと。学術会議の場で、教授は突如として靜間博士の研究倫理を公然と弾劾した。彼は、博士が以前発表した論文の中に、剽窃とも取れる記述があるという、黒田助教授が巧妙に捏造した「証拠」を突きつけた。靜間博士は、教授の変貌に驚愕し、言葉を失った。彼は無実を訴えようとしたが、教授の目はすでに理性の光を失い、怒りと裏切りへの絶望に曇っていた。凛さんもまた、必死に靜間博士を擁護したが、その声は教授の耳には届かなかった。教授にとって、彼女の弁護は、裏切り者同士の共謀にしか映らなかったのだ。

靜間博士は、その日のうちに、自らが築き上げた学問の世界から静かに身を引いた。数日後、彼の遺体が、教授の書斎の窓から見える、荒れた岩場で見つかった。海は荒れ狂い、まるで彼の魂の絶叫を代弁するかのようであった。私はその報を聞き、全身から血の気が引くのを感じた。

私は、遅まきながら全ての点と点を結び始めた。黒田助教授の囁き、絶妙なタイミングで現れる「証拠」、教授の過去のトラウマを呼び起こすような言葉の選び方。私は黒田助教授の書斎を訪ね、問い詰めた。「なぜ、こんなことを!」私の声は震えていた。

黒田助教授は、私をじっと見つめ、静かに答えた。「なぜ、とは。人は皆、自らの業に囚われるものです。淺海教授は、その深淵を覗き込みながら、結局は自らの影に囚われた。私が必要だったのは、ほんの少しの糸と、それを操る指先だけです。彼は、自らが信じた『真理』によって、友を断罪し、そして滅びた。私には、その一連の論理的帰結を、ただ見届けたに過ぎません。」彼の顔には、微かな嘲笑が浮かんでいるように見えた。

教授は、靜間博士の死を知り、一瞬、全てを悟ったかのようであった。彼の顔から血の気が失せ、深い、深淵な後悔が瞳に宿った。彼は自らの手で、最も純粋な魂を殺め、最も誠実な友を破滅させたのだ。過去の小さな過ちが、今、計り知れぬ重さとなって彼の魂に圧し掛かった。彼は、再び、そして今度は永遠に、己の書斎に閉じこもった。しかし、その書斎はもはや、知識の殿堂ではなく、罪と後悔が渦巻く地獄と化していた。

黒田助教授は、靜間博士の突然の死と教授の隠遁により、その地位を確固たるものにした。しかし、彼の周囲には、決して拭い去ることのできない冷たい空気が漂っていた。彼の達成は、常に血の匂いを纏い、誰もが彼を敬遠するようになった。彼は確かに頂に立ったが、その頂には、彼自身の凍てついた論理と、虚無だけが広がっていた。

教授の旧家からは、夜ごと、海鳴りに紛れて、抑えきれぬ慟哭が聞こえるようになった。それは、友を疑い、その命を奪った罪の意識と、自らの知性が最も卑劣な策略に屈したことへの絶望の叫びであった。彼は、己がかつて他者に対して犯した「裏切り」の罪を、今度は自ら「信じた」という錯覚の中で繰り返したのだ。海は、彼の内なる嵐を嘲笑うかのように、変わらぬ虚飾の波を打ち付けていた。