【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ニュージャージーの冬は、骨の芯まで凍てつかせる。スピードウェル鉄工所の一角、凍てついた空気の立ち込める作業場には、吐く息の白ささえも凍り付くような緊張が満ちていた。私は今、歴史がその形を変える瞬間に立ち会っている。目の前には、サミュエル・モールス氏と、若き共同経営者アルフレッド・ヴェイル氏が心血を注ぎ上げた、奇妙な機械が鎮座している。
それは、およそ「発明」という言葉から連想される華やかさとは程遠いものだった。木製の枠組みに、無造作に巻き付けられた電磁石のコイル。そして、部屋中を蛇のようにのたうち回る、総延長二マイルにも及ぶ銅線の束。この細い線が、人の思考を、声を、時間を超えて運ぶというのか。集まったわずかな見物人たちの間には、期待よりもむしろ、胡散臭い奇術を見るような疑念の色が濃かった。
モールス氏は、かつて画家として鳴らした人物らしい。しかし、今その手に握られているのは筆ではなく、電信機の鍵盤であった。彼の指先は、冷気によるものか、あるいは内なる高揚によるものか、わずかに震えているように見えた。傍らに控えるヴェイル氏が、電池の酸っぱい臭いが漂う液体に電極を浸す。じっ、という微かな放電の音が、静寂を切り裂いた。
モールス氏の指が動いた。
カタ、カタカタ。カタ。
耳慣れない規則的な打鍵音が、寒冷な空気の中に響き渡る。それは、心臓の鼓動よりも鋭く、それでいて鳥のさえずりよりも無機質な響きだった。部屋の反対側、二マイルの導線の果てにある受信機から、それに応答するような小さな音が聞こえてくる。装置に取り付けられたペンが、時計仕掛けの動力で送り出される紙テープの上に、点と線を刻み込んでいく。
「ア・ペイシェント・ウェイター・イズ・ノー・ルーザー(忍耐強く待つ者は、決して敗者ではない)」
ヴェイル氏が、刻まれた記号を読み上げ、言葉へと紡ぎ直した瞬間、作業場の空気は一変した。沈黙を破ったのは、驚嘆の声でも拍手でもなく、ただ深い溜息だった。それは、あまりに呆気なく、それでいてあまりに絶対的な「勝利」の確認であった。
これまで、言葉を遠くへ届けるためには、馬を走らせ、あるいは船を出し、物理的な肉体と時間を激しく消耗させるしかなかった。しかし今、この冷え切った作業場において、人の意思は物理的な距離から解放されたのだ。銅線を流れる目に見えぬ「雷撃」が、人の知性を光に近い速さで運び去る。
モールス氏の横顔を盗み見る。その瞳には、実験の成功を喜ぶ技術者の満足感だけでなく、もっと遠く、この技術が世界を覆い尽くす未来の光景が見えているようだった。国と国、人と人とが、瞬き一つの間に意思を疎通させる時代。それは、地理的な障壁が意味をなさなくなり、情報の氾濫が世界を再編する時代の幕開けである。
私は、紙テープに残された点と線の羅列を見つめた。それはまるで、神が人間に授けた新しい言語のようにも思える。この冷たく細い鋼の線が、いつか世界を縛り上げる鎖となるのか、あるいは人類を結びつける絆となるのか、今の私には知る由もない。ただ一つ確かなのは、千八百三十八年一月六日という今日、私たちが知る「世界」の境界線が、永遠に崩れ去ったということだ。
帰り道、馬車を待つ私の耳の奥には、今もあの無機質な打鍵音がこびりついている。カタ、カタカタ。それは、新しい時代の足音そのものであった。
参考にした出来事:1838年1月6日、サミュエル・モールスとアルフレッド・ヴェイルは、ニュージャージー州モリスタウンのスピードウェル鉄工所において、電信機による公開実験に初めて成功した。約2マイルの電線を使い、電気信号を文字情報(モールス信号)として正確に伝送できることを証明した。この成功は、その後の長距離通信網の発展と、世界的な通信革命の先駆けとなった。