【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
サンディエゴの冬の朝は、思いのほか肌寒い。窓の外には鉛色の空が広がり、太平洋から吹きつける湿った風が、古いオフィスビルの建付けの悪い窓枠をカタカタと揺らしている。デスクの上に置かれたマグカップからは、いつ淹れたかも定かではない安物のコーヒーが、すっかり冷め切って苦い匂いを放っていた。
私の目の前にある17インチのCRTモニタは、その巨大な筐体に見合わぬ青白い光を放ち、私の網膜を執拗に突き刺している。画面に映し出されているのは、飾り気のない、実にあっけないほど簡素なウェブページだ。上部には「Wikipedia: The Free Encyclopedia」という文字が、まだ何の色気もないフォントで刻まれている。
これは、狂気の沙汰だ。あるいは、崇高な賭けか。
隣のデスクでは、ラリーがキーボードを叩く乾いた音を響かせている。彼は時折、眼鏡のブリッジを押し上げながら、ディスプレイを凝視しては短く息を吐く。数日前、彼がジミーと共に、この「ウィキ」という仕組みを百科事典に導入すると言い出した時、私は自分の耳を疑った。誰でも書ける、誰でも消せる、そして誰でも修正できる百科事典。それは、これまで人類が積み上げてきた「権威」という名のピラミッドを、根底からひっくり返すような暴挙に思えた。
これまでの「ヌーペディア」は、あまりに厳格すぎた。碩学たちが集い、何重もの査読を経て、一文字一文字を慎重に紡ぎ出す。そのプロセスは神聖ではあったが、あまりに遅すぎた。情報の激流に、知の歩みが追いついていなかったのだ。
「準備はいいかい」
ジミーの穏やかだが、どこか確信に満ちた声が背後から聞こえた。私は頷き、震える指先でスクリプトを実行した。
2001年1月15日。今日、世界は沈黙のうちに、その姿を変えようとしている。
ウェブブラウザをリロードする。真っ白なページに、最初のリンクが生まれる。私は最初のテスト投稿として、ごく短い言葉を打ち込んだ。「Hello, World」。プログラマーたちが新しい世界の産声を上げる時に使う、あの決まり文句だ。
それから数時間の間、私たちは奇妙な高揚感の中にいた。サンフランシスコのハッカーたちが、あるいはロンドンの大学生が、この生まれたばかりの、まだ産着さえ着ていない赤ん坊のようなサイトに気づき始めた。
画面が更新されるたび、項目が増えていく。誰かが「哲学」について書き始め、誰かが「物理学」の公式を記す。驚くべきことに、悪意を持ってページを白紙に戻す者よりも、欠けている情報を補おうとする者の方が圧倒的に多かった。見知らぬ誰かが書いた不完全な文章に、また別の見知らぬ誰かが肉付けをし、磨きをかけていく。
それはまるで、目に見えない巨大な知性が、インターネットという神経系を通じて一つの生命体へと形を成していく過程を見ているようだった。
深夜、オフィスに一人残った私は、静まり返った室内でサーバーの駆動音を聞いていた。ファンの唸りは、まるでこの新しい百科事典の鼓動のようにも聞こえる。モニタ越しに、地球の裏側にいる誰かが記事を編集しているのが分かる。カーソルが点滅し、文字が刻まれるたび、知識の地図に新しい領土が書き加えられていく。
かつて、アレクサンドリアの図書館を焼いた炎は、知を物理的な制約の中に閉じ込めていた。だが、今日私たちが解き放ったこの火は、誰にも消すことはできないだろう。それは、特権階級の書斎から知を奪い取り、あらゆる街角の、あらゆる人々の手へと手渡すための革命だ。
もちろん、混沌は避けられないだろう。間違いも、争いも、あるいは意図的な嘘も、この揺籃の中には混じるに違いない。しかし、それ以上に私は、人間の「教えたい」「共有したい」という根源的な善意を信じたいと思った。
冷え切ったコーヒーを一口飲み、私は再びキーボードに手を置いた。まだ誰も書いていない、私の専門分野についての一行を書き加えるために。
明日になれば、この場所はもっと賑やかになっているはずだ。昨日までは想像もできなかったほどに。世界中の知識が、寄ってたかって編み上げられていく。その壮大な実験の初日に立ち会えた幸運を、私はこの日記に静かに記しておこうと思う。
窓の外では、いつの間にか雨が降り始めていた。アスファルトを叩く雨音さえも、新しい時代の到来を祝福する拍手のように聞こえていた。
参考にした出来事:2001年1月15日、オンライン百科事典「Wikipedia」が、ジミー・ウェールズとラリー・サンガーによって正式に公開された。当初は、専門家による厳格な査読制を採用していた「Nupedia(ヌーペディア)」を補完するプロジェクトとしてスタートしたが、誰もが自由に編集できる「Wiki」の仕組みが爆発的な普及を呼び、世界最大級の知識共有プラットフォームへと成長した。