【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
一九六〇年一月二十三日、太平洋、マリアナ諸島沖。
午前八時十五分、我々を乗せた鉄の繭、潜水艇トリエステ号は、母船バンダン号から切り離され、荒れ狂う海面の下へと滑り込んだ。狭隘な球体の内部は、計器類が放つ無機質な熱気と、ドン・ウォルシュ中尉の静かな呼吸音、そして私の胸の鼓動だけで満たされている。直径わずか二メートル足らずのこの空間が、今や我々の世界のすべてだ。
深度三〇〇フィート。のぞき窓から見える景色は、まだ明るいエメラルドグリーンを保っている。しかし、深度を増すごとに色は急速に失われていった。鮮やかな青は深いインディゴへと変わり、やがて光の届かない漆黒へと沈んでいく。海水温は急激に下がり、鋼鉄の壁を通して伝わる冷気が、足元からじわじわと体温を奪い始めた。我々は厚手のセーターを着込み、狭い座席で膝を突き合わせるようにして、刻々と増大する水圧の数値を見つめた。
深度一万フィート。外部灯の光の中に、白い塵のような「マリンスノー」が舞っている。それはかつて生命であったものの残骸が、悠久の時間をかけて降り積もる死の雪だ。厚さ五インチを誇るクロムニッケル鋼の船体は、数千トンの水圧に耐えかねて、時折「ギィ……」と鈍い悲鳴を上げる。それは巨大な怪物が、我々の小さな繭を握りつぶそうと力を込めているかのような、不気味な音だった。
正午を過ぎた頃、深度三万フィートを超えた地点で、船体を激震が襲った。鋭い破裂音が狭い球内に響き渡り、我々は反射的に身を固くした。覗き窓の一枚に、細い亀裂が入っている。一瞬、肺の中の空気が凍りついた。もしここが崩壊すれば、我々は一瞬の苦痛を感じる暇もなく、肉体ごと原子のレベルまで押し潰されるだろう。しかし、ドンと私は言葉を交わすことなく、ただ計器に目を戻した。引き返すという選択肢は、ここには存在しない。我々はすでに、神の領域にまで足を踏み入れているのだ。
午後一時六分。ついにその瞬間が訪れた。
深度三万五千八百フィート。計器が底を打った。外部灯が照らし出したのは、どこまでも平坦で、灰白色をした砂漠のような海底だった。一万メートルを超える水圧の下、そこには生命の気配など露ほども存在しない死の世界があると考えていた。しかし、浮き上がった泥が視界を遮る直前、我々は目撃したのだ。
それは、白く透き通った体を持つ、三十センチほどの平たい魚だった。
この、一平方センチメートルにつき一トンを超える凄まじい圧力がかかる極限の地で、生命は優雅に、そして確かに存在していた。その光景を目にした瞬間、私の胸に去来したのは、達成感ではなく、ある種の畏怖だった。人間がどれほど知恵を絞り、鋼鉄の鎧を纏って辿り着こうとも、生命の営みはそれよりもはるか以前から、この深淵の沈黙の中で完成されていたのだ。
海底に留まったのは、わずか二十分足らずだった。我々は家族への想いを綴ったメッセージを確認し、バラストの鉄粒を投下した。
上昇の間、私はずっと、あの白く透き通った魚のことを考えていた。我々はこれから、太陽の光が降り注ぎ、風が吹き抜ける地上へと帰る。しかし、あの魚は今も、そしてこれからも、永遠の静寂と暗黒の中で、地球の最深部を守り続けていくのだろう。
午後四時四十七分。トリエステ号は激しく揺れながら、黄金色の夕日が沈みかける太平洋の海面へと躍り出た。ハッチが開けられ、冷たくも瑞々しい潮風が流れ込んできたとき、私はようやく、自分が本当に生きて戻ってきたことを実感した。
今日、我々は地球の最も深い傷跡に触れた。だが、海底で見上げたあの一筋の泥の舞いは、宇宙の星々を見上げるのと同じくらい、遠く、そして深淵な真理を物語っていたように思う。
参考にした出来事
1960年1月23日、アメリカ海軍の潜水艇「トリエステ」が、西太平洋のマリアナ海溝にある世界最深部「チャレンジャー海淵」に到達した。ジャック・ピカールとドン・ウォルシュ中尉の二名が搭乗し、人類史上初めて水深約10,911メートルに到達。この歴史的探査により、超深海における生命の存在が確認され、海洋科学の大きな転換点となった。