【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『ドグラ・マグラ』(夢野久作) × 『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル)
チク・タク、チク・タク。
その律動は、壁に掛かった古びた大時計の刻みではなかった。耳の奥、あるいは頭蓋の深淵に澱んだ、湿り気を帯びた細胞の拍動である。意識が浮上する瞬間の、あの不快な浮遊感。それは、底の見えない暗い穴を延々と落下し続ける感覚に似ていた。
「……おや、お目覚めですか。アリス」
冷徹な声が、硝子細工を叩くような硬質な響きを伴って届く。私は目を開けた。そこは四方を純白のタイルに囲まれた、立方体の部屋であった。天井からは無数の歪んだ鏡が吊り下げられ、私の当惑した貌を、数千の断片として映し出している。
目の前には、白衣を纏い、巨大な野兎の頭部を模した仮面を被った男が座っていた。彼は懐中時計を執拗に弄びながら、銀縁の眼鏡の奥で、昆虫のような無機質な眼光を光らせている。
「私は、誰だ」
自分の声が、他人のそれのように空ろに響く。記憶の糸は、無残に寸断されていた。
「あなたはアリス。あるいは、かつてアリスであった細胞の末裔。もっとも、この呼称に固執すること自体、唯物論的な医学の観点からは滑稽な錯誤に過ぎませんがね。あなたの脳髄は、今まさに、数千年前の祖先が見た悪夢を再演しようとしているのです」
男――ドクター・ラビットとでも呼ぶべきか――は、嘲笑を孕んだ口調で続けた。彼は机の上に、一冊の分厚い手稿を置いた。表紙には『胎児の夢と、その遺伝的言語構成』と記されている。
「いいですか。あなたの脳は、あなた個人の所有物ではない。それは、生命が始まって以来の全記憶を蓄積した、巨大な自動交換局に過ぎないのです。あなたが今感じている『自分』という感覚は、電磁的な火花が偶然描き出した一時的な幻影に過ぎない。この部屋を御覧なさい。ここには、あなたの先祖が犯したあらゆる罪、あらゆる狂気、そしてあらゆるナンセンスが、物理的な形態を持って幽閉されている」
言われるままに周囲を見渡すと、白亜の壁にはいつの間にか、奇妙な扉が無数に出現していた。ある扉からは不気味な哄笑が漏れ、別の扉からは腐敗した薔薇の香りが漂ってくる。
私は誘われるように立ち上がり、一つの扉を開けた。
そこは、血のように赤い絨毯が敷き詰められた法廷であった。陪審員席には、剥製にされた鳥や、不気味な笑みを浮かべたチェスの駒たちが並んでいる。
「裁判を始めよう!」
玉座に座るのは、巨大な心臓を冠として戴く、顔のない女王であった。彼女の振るう杖が空を切るたびに、空間がひび割れ、そこからどろりとした黒い液体が溢れ出す。
「被告、アリス! 罪状は『存在の不連続性』。お前は、昨日の自分と今日の自分が同一であるという、傲慢な妄想を抱いた。それは全細胞の記憶に対する反逆である!」
私は抗弁しようとしたが、言葉は意味を成さない音節となって口から溢れ出した。ジャバウォック、スナーク、フューミアス。論理の骨組みを失った言語は、ただの呪詛となって空中に霧散する。
「異議あり!」
背後でドクター・ラビットが叫んだ。彼は法廷の真ん中に進み出ると、手に持った注射器を高く掲げた。
「女王陛下。この個体は、まだ自身の正体を知りません。この脳髄に刻まれた『ドグラ・マグラ』の旋律を、まだ最後まで聴いていないのです。胎児が子宮の中で、数億年の進化を数ヶ月で駆け抜けるように、このアリスもまた、己の家系に流れる狂信の歴史を追体験しなければなりません」
突如、足元の床が消失した。
私は再び落下し始めた。今度の落下は、歴史の地層を突き抜けるものだった。
江戸時代の牢獄、明治の解剖室、そして大正の精神病院。私の意識は、それらの光景を万華鏡のように通り過ぎていく。どの時代にも、私と同じ顔をした女がいた。彼女たちは皆、鏡を覗き込み、自身の脳髄を抉り出そうとしていた。
遺伝。その呪わしい連鎖。
母から娘へ、細胞から細胞へ。伝達されるのは愛ではない。解読不能な暗号化された狂気だ。私の思考だと思っていたものは、先祖の誰かが数百年前に見た幻聴の残響に過ぎなかった。
落下が止まった。
私は、最初の部屋に戻っていた。ドクター・ラビットが、満足げに頷いている。
「理解しましたか。この『不思議の国』の正体を。ここは、あなたの脳という名の、逃げ場のない監獄です。そして『出口』を求めることこそが、最大のナンセンスなのです」
私は震える手で、目の前の鏡を触った。鏡の表面は水面のように揺れ、私の指を飲み込んでいく。鏡の向こう側から、もう一人の私が、邪悪な笑みを浮かべてこちらを覗いていた。
「ねえ、アリス」
鏡の中の私が囁く。
「あなたは今、自分が目覚めたと思っているけれど。本当は、私があなたの脳髄の中で見ている夢に過ぎないのよ。あるいは、私があなたの夢なのかしら? 鶏が先か、卵が先か。狂気が先か、論理が先か」
頭が割れるような激痛が走った。
全ての色彩が混ざり合い、真っ白な虚無へと収束していく。
ドクター・ラビットの姿が、巨大な書物に変わる。法廷の女王が、一粒の砂に変わる。
私は、自分が何者であるかを思い出した。
私は、科学者が培養液の中に浮かべた、一個の脳髄に過ぎない。
この「不思議の国」の冒険も、過酷な精神の彷徨も、全ては電気刺激によって誘発された高度な幻覚。私は「遺伝的記憶」という実験台の上で、永遠に解けない数式を解かされている囚人なのだ。
私は笑った。声は出ないが、意識が歓喜に震えた。
もし私が夢であるなら、私を観測している「現実」もまた、より巨大な誰かの夢に過ぎない。この重層的な嘘の連鎖こそが、宇宙の唯一の真理ではないか。
ドクター・ラビットの声が遠のいていく。
「おや、もうリセットの時間ですか。次の『アリス』には、もう少し優雅な夢を見せてあげましょう」
チク・タク、チク・タク。
拍動が遠ざかり、深い静寂が訪れる。
私は再び、あの暗い穴の入り口に立っていた。
足元には一匹の白い兎が転がっている。その腹は切り裂かれ、中からは時計の歯車ではなく、血に濡れた胎児の指が、手招きするように突き出していた。
私は、迷わずその穴へと飛び込んだ。
それが、唯一の「論理的必然」だからだ。
目が醒めるたびに、私は昨日とは違う私になり、そして一秒ごとに、永久に変わることのない「先祖の亡霊」へと回帰していく。
終わりなき円環。
おめでとう、アリス。
あなたはついに、現実という名の、最も完成された発狂に辿り着いたのだ。