【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ザルツァッハ川から吹きつける氷のような風が、ゲトライデ街の狭い路地にまで入り込み、家々の古い木枠を震わせている。窓という窓は霜の結晶で白く縁取られ、吐く息は部屋の中にいてもなお白い。私は、昨晩から降り続いている雪を眺めながら、手元にある蝋燭の芯を整えた。机の上には書きかけのヴァイオリン奏法の稿が広がっているが、今はペンを動かす気にはなれない。壁を隔てた隣の部屋から、アンナ・マリアの苦悶に満ちた呻きが途切れ途切れに聞こえてくるからだ。
主よ、慈悲を。我らが愛する妻に、どうか耐えうる力を。そして、新しくこの世に迎え入れんとする魂に、どうか強き命の火を。
これまで、我々は五人の子供を失ってきた。この家に響いた産声が、わずか数日や数ヶ月で、冷たい沈黙へと変わってしまう悲劇を、私は幾度も繰り返してきた。今や生き残っているのは、愛らしいマリア・アンナ、あの「ナンネル」だけだ。彼女は今、不安そうな顔で階下の居間に座っている。私は父親として、あるいは宮廷の音楽家として、毅然とした態度を保とうと努めているが、胸の内では絶望に近い祈りが渦巻いている。
部屋の中に、重苦しい沈黙が訪れた。産婆の足音と、お湯を運ぶバケツの擦れる音だけが耳に障る。暖炉の火は爆ぜ、パチパチという音を立てて爆ぜた。私は思わず立ち上がり、十字を切った。その時だ。
これまで聞いたどんな楽器の音色よりも鋭く、そして瑞々しい叫びが、冷え切った空気の層を突き破った。
私は扉へと駆け寄った。そこには、産婆に抱かれた小さな、あまりにも小さな赤ん坊の姿があった。午後八時のことだ。アンナ・マリアは疲れ果てていたが、その顔には聖母のような穏やかな笑みが浮かんでいた。私はその小さな顔を覗き込んだ。赤ん坊の肌はまだ赤らみ、その目は、この世の光を初めて受け入れて戸惑っているかのように、細く見開かれていた。
驚くべきことに、その泣き声には力強い生命の響きがあった。それは、か細い嘆きではなく、自らの存在をこのザルツブルクの夜に刻み込もうとする、一種の宣言のようでもあった。私は、この子の細い指先に触れた。驚くほど繊細な、しかし確かに脈打つ熱を感じる。この指は、いつか何を掴み、どのような調べを紡ぎ出すのだろうか。
翌日の洗礼の儀を想い、私は紙にその名を書き付けた。ヨハネス・クリュソストムス・ヴォルフガングス・テオフィルス。
神に愛されし者。
この極寒の冬の夜に、私たちの元へ降り立った小さな奇跡。窓の外では、ようやく雪が止み、雲の切れ間から凍てつくような星々が顔を出していた。私は再びペンを取り、今日という日を記録する。1756年1月27日。この日付が、いつか我が家の歴史のみならず、より大きな何かの始まりとして記憶されることを、私は密かに願わずにはいられない。
赤ん坊は、今は安らかな寝息を立てている。その小さな耳に、私は何を聴かせるべきか。宮廷の典雅な旋律か、それとも自然が奏でる荒々しい風の音か。いや、この子自身が、私たちがまだ聞いたこともないような天上の音楽を、既にその小さな胸の内に宿しているのではないか。そんな予感さえしてくる。
私は、安堵とともに冷えた葡萄酒を一口含んだ。ザルツブルクの冬はまだ深いが、私の心には、名もなき春の兆しが、確かな温もりを伴って訪れていた。
参考にした出来事:1756年1月27日、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト誕生。ザルツブルク(当時は神聖ローマ帝国のザルツブルク大司教領)のゲトライデ街9番地で、レオポルト・モーツァルトとアンナ・マリア夫妻の第7子として生まれた。生後24時間以内に聖ルパート大聖堂で洗礼を受けた。