【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ニューヘイブンの冬は、肺の奥まで凍てつかせるような冷気を孕んでいる。今朝、ステート通りにあるボードマン・ビルの三階、窓枠の隙間から忍び込むロングアイランド海峡の風は、机の上のインク瓶をあわや凍らせるかというほどに鋭かった。しかし、私の指先が覚えている微かな痺れと、部屋の中に充満する焦げたオゾンのような匂いは、その寒さを忘れさせるに十分な熱を帯びていた。
ジョージ・ロイ氏が心血を注いで組み上げた「交換機」と呼ばれるその装置は、およそ洗練とは程遠い代物だ。廃品置場から集めてきたような荒削りの木の板に、馬車のボルト、鍋の蓋の取っ手、そして驚くべきことに、彼の夫人の古いコルセットから抜き取った芯金までが接点として組み込まれている。それらが無数の銅線と複雑に絡み合い、壁一面に広がる様は、まるで鋼の蜘蛛が捕食のために神経を張り巡らせたかのような、奇怪で、かつ神聖な風貌を呈していた。
これまで、アレクサンダー・グラハム・ベル博士が発明したあの「話す電信」は、特定の二地点を結ぶだけの閉ざされた糸電話の延長に過ぎなかった。しかし今日、私たちがこの小さな部屋で産声を上げさせたのは、都市という巨大な有機体の神経系統を一つに束ね、自在に繋ぎ替えるという、人類史上かつてない試みである。
午前、最初の一報が入った。壁に張られた銅線がかすかに震え、真鍮のベルが乾いた音を立てる。ロイ氏が震える手でプラグを手に取り、木製のボードに穿たれた穴へと差し込んだ。あの特有の受話器を耳に当てた彼の横顔には、未知の領域に足を踏み入れる開拓者のような緊張が走っていた。
「アホイ、アホイ!」
ロイ氏の叫び声が、狭い部屋の煤けた天井に木霊した。ベル博士が推奨するその挨拶が、目に見えぬ電気の奔流となって銅線を駆け抜け、街の反対側にいる相手の鼓膜を震わせる。沈黙の数秒。やがてロイ氏の顔に、夜明けの光のような笑みが広がった。向こう側の声が、確かに届いたのだ。
加入者はわずか二十一名。牧師、医師、警察署、そして好奇心旺盛な数軒の商店主たち。彼らは今、この粗末な部屋にある、コルセットの芯金で作られたスイッチを介して、物理的な距離という太古からの呪縛から解き放たれたのだ。これまでは馬を飛ばし、あるいは雪の泥濘に足を取られながら伝言を運んでいた人々が、暖かい書斎に座ったまま、雷光のごとき速さで思考を交換している。
夕暮れ時、ガス灯の青白い炎が壁を這う影を長く伸ばす中で、私は一人、交換機の前に残った。無数のプラグが抜き差しされるたびに、カチリ、カチリという硬質な音が響く。それは、これまで人類が耐え忍んできた「沈黙の時間」を、一枚ずつ丁寧に剥ぎ取っていく音のように聞こえた。
窓の外を見下ろせば、夕闇に包まれつつあるニューヘイブンの街並みが広がっている。家々の煙突からは石炭の煙が立ち上り、人々は相変わらず厚いコートの襟を立てて、足早に家路を急いでいる。しかし、彼らはまだ気づいていない。この壁の向こう側で、人間の声が肉体を離れ、重力を失い、光に近い速度で街を縦横無尽に駆け巡り始めていることに。
私たちは今日、孤独という名の壁に、取り返しのつかない風穴を開けてしまったのだ。この不恰好な木の板と銅線の塊は、やがて大陸を越え、海を越え、世界中を網羅する巨大な知性の網へと増殖していくだろう。
耳を澄ませば、銅線の微かな唸りの中に、遠く離れた誰かの笑い声や、焦燥を含んだ吐息が混じっているような錯覚に陥る。言葉が空間を飛び越え、魂の一部が電線を通じて触れ合う。この震えるような驚きと、どこか恐ろしさすら感じさせる断絶の解消を、後世の人々は当然の権利として享受するのだろうか。インクが乾き、ペンを置く今も、私の耳の奥では、世界が新しく繋がり始めたあのカチリという音が鳴り止まない。
1878年1月28日:コネチカット州ニューヘイブンにて、ジョージ・ウィラード・ロイ、ルイス・フロスト、ウォルター・ルイスの3人によって、世界初の商業用電話交換局「コネチカット・ディストリクト・テレフォン・カンパニー」が開設された。当初の加入者は21名で、同局が発行した世界初の電話帳には氏名のみが記載され、電話番号はまだ存在していなかった。