【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『注文の多い料理店』(宮沢賢治) × 『ヘンゼルとグレーテル』(グリム兄弟)
針葉樹の影が、凍てつく雪原に長い指を伸ばしていた。
空は硬質な鉛の色を湛え、風は飢えた獣のように森の隙間を吹き抜けては、木々の枝を悲鳴のように鳴らしている。その極北の静寂の中を、二人の影が這うように進んでいた。兄のハンスと妹のグレーテである。かつて彼らの父が所有していた栄華の残滓は、今やその痩せ細った肩にかけられた、泥に汚れた毛織物のマントにしか残っていない。
飢饉は文明の皮を容易に剥ぎ取った。彼らをこの森へ遺棄したのは、他でもない実の親であったが、二人の心に渦巻いていたのは怒りよりも、むしろ奇妙な「納得」であった。強者が弱者を切り捨て、自らの生存を優先する。それは彼らが家庭教師から教わったどの倫理学よりも、遥かに明快で、洗練された自然の論理に思えたからである。
「ねえ、お兄様。私たちはどこへ行くの。このままでは、雪の結晶の一部になってしまうわ」
グレーテの声は、寒気によってひび割れたガラスのように微かに震えていた。ハンスは、感覚の消え失せた指で、懐に隠し持っていた銀の匙を握りしめた。それは没落の際に持ち出した、唯一の「品位」の象徴だった。
「案ずるな、グレーテ。世界がこれほどまでに冷酷であるならば、その中心には必ず、我々を温めるための反作用が存在するはずだ。論理的に見て、絶望の極致には、救済の扉が用意されているものだ」
その言葉が予言であったかのように、雪のカーテンの向こうに、異質な光輝が揺らめいた。
それは森の深奥にそびえ立つ、豪奢な石造りの洋館であった。しかし、近づくにつれ、その建物が単なる石や煉瓦で出来ていないことが露見した。壁面は透き通るような白磁のタイルで覆われ、窓枠は精緻な飴細工のような黄金色の樹脂で縁取られている。屋根瓦の一枚一枚が、凍りついた蜜のような光沢を放っていた。
入り口の重厚な黒檀の扉には、磨き上げられた真鍮のプレートが掲げられ、そこには優雅な筆記体でこう刻まれていた。
『――審美眼と空腹を携えし者へ、至高の供応を約束せん。ここは「山猫の胃袋亭」。注文の多い料理店なれば、何卒ご容赦を』
ハンスは冷笑を浮かべた。
「注文の多い料理店か。ふん、客に対して注文を付けるとは、傲慢な主だ。だが、この荒野で礼節を重んじる場所があるというのは、我々のような教養ある者にとって、むしろ好ましいことではないか」
二人は、吸い込まれるように扉を潜った。
一歩足を踏み入れると、そこは暖炉の火が爆ぜる、甘美な香りに満ちた回廊であった。しかし、進むごとに、次の扉が現れ、そこには新たなプレートが掲げられていた。
『当館は衛生を何よりも尊ぶ。泥に汚れた外套と、世俗の垢をここで脱ぎ捨てられたし』
二人は顔を見合わせ、満足げに頷いた。ボロを纏ったままでは、一流の料理を味わう資格がないと判断したのだ。彼らはマントを脱ぎ、凍えた靴を脱ぎ捨てた。
『貴方方の皮膚は、いささか乾燥しすぎている。用意された香油(スパイス・オイル)を全身に塗り込み、柔軟さを取り戻されたし。それは慈悲深き「調理」への第一歩なり』
次の部屋には、銀の器に盛られた、香草の香る滑らかなオイルが置かれていた。ハンスとグレーテは、互いの背中に油を塗り込み、滑らかに整えていった。それはまるで、自らを一つの作品として磨き上げるような、陶酔を伴う作業であった。
『最後に、貴方方の内側に潜む「獣」を追い出すため、備え付けの塩で口をすすぎ、清浄なる沈黙を保たれたし』
グレーテは、塩を口に含みながら、微かな違和感を覚えた。
「お兄様、この館の注文は、まるで私たちを……」
「黙りなさい、グレーテ。高尚な儀式には、常に理解し難い過程が伴うものだ。我々は今、単なる『捕食者』から、選ばれし『客人』へと昇華されているのだ」
最後の扉が開かれた。そこには、想像していたような豪華な食卓はなかった。
あったのは、広大な、文字通り巨大な「調理場」であった。中央には、煌々と炎が踊る巨大なオーブンがあり、その前には、白銀の髭を蓄えた、主(あるじ)と思しき老人が立っていた。老人の瞳は、獲物を見据える猛禽のような鋭さと、慈父のような深い慈愛を同時に宿していた。
「ようこそ、愛しき供物たちよ」
老人の声は、館そのものが鳴動しているかのように響いた。
「注文通り、実に見事に仕上がった。泥は落とされ、油で艶を増し、塩で清められた。お前たちは今、この地上で最も美しい『食材』となったのだ」
ハンスの脳裏に、冷徹な論理が閃光のように走った。
なぜ、この森の奥にこれほどの館があるのか。なぜ、客に奇妙な準備を強いたのか。すべては「効率」と「美学」のためだったのだ。自分たちが森に捨てられたのは生存競争に敗れたからだが、この館に招かれたのは、自分たちが「優れた資源」であったからに他ならない。
「……なるほど。これが、この世界の完成された食物連鎖か」
ハンスは震える唇で笑った。恐怖は、純粋な知的好奇心と、ある種の恍惚に塗りつぶされていた。
「お兄様! 逃げなければ!」
グレーテが叫び、老人の脇にある重い鉄の扉を指差した。そこは氷点下の森へと続く出口に見えた。しかし、老人は動かなかった。ただ、憐れみの視線を彼女に向けるだけだった。
「逃げる? どこへかね、お嬢さん。外にあるのは、ただの『野蛮な死』だ。狼に食い散らかされ、凍土に還るだけの無意味な消滅だ。だが、我が胃袋に入ることは、一つの『文明』になるということだ。私の血となり肉となり、この壮麗な館の歴史の一部として永遠に記憶される。どちらが幸福か、賢明な貴方方なら理解できるはずだ」
グレーテは、老人の背後に置かれた大きな檻の中に、かつて自分たちを捨てた両親の服が落ちているのを見つけた。彼らもまた、この「注文」に従い、高貴な栄養となったのだ。
その瞬間、彼女の中で何かが弾けた。生存本能ではない。それは、この完璧な論理に対する、極めて個人的で、不条理な「悪意」であった。
「お兄様、私たちは『客人』なのでしょう?」
グレーテは突如、穏やかな笑みを浮かべて老人に歩み寄った。
「ええ、最高級の、ね」と老人が応じる。
「ならば、主(あるじ)としての礼儀を見せていただきたいわ。このオーブンの奥に、究極のソースが隠されていると聞いたけれど、私たちはその『色』を確認しなければ、納得して中へは入れないの」
老人は、自らの論理の完璧さを疑わなかった。彼は、この美しい獲物が、最後の瞬間に「完璧な調理」を求めたのだと解釈した。
「よかろう。審美眼を持つ者には、相応の報いが必要だ」
老人が巨体を屈め、オーブンの奥を覗き込んだその瞬間。
グレーテは、ハンスの手の中にあった銀の匙を奪い取り、老人の背中を、持てる限りの力で突き飛ばした。
同時に、ハンスもまた、反射的にグレーテの意図を汲み取った。二人は声を合わせることもなく、巨大な鉄の扉を力任せに閉め、閂(かんぬき)をかけた。
オーブンの中から、この世のものとは思えない絶叫が響き渡った。それは主の悲鳴ではなく、館そのものが崩壊していく断末魔であった。
飴細工の窓が砕け、白磁の壁が剥がれ落ちる。豪奢な内装は、見る間に腐った倒木と、泥まみれの枯れ葉へと姿を変えていく。二人が立っていたのは、温かな調理場ではなく、凍てつく洞窟の入り口であった。
老人の叫び声が止んだ後、静寂が戻った。
ハンスとグレーテは、雪の上に座り込み、激しく息を切らしていた。彼らの肌には、まだ館で塗り込んだ香油がこびりつき、異様に甘い香りを放っている。
「……私たちは、勝ったのね」
グレーテが呟いた。その声には、歓喜も安堵もなかった。
「ああ、勝った。我々は、捕食者の論理を、さらに上位の狡知で上書きしたのだ」
ハンスは立ち上がり、洞窟の奥……先ほどまでオーブンだった場所を見つめた。そこには、焼き尽くされた「主」の残骸と、彼が貯め込んでいたであろう、無数の黄金の硬貨や宝石が、灰の中に散らばっていた。
二人は、それを黙々と拾い集めた。それは、かつての貴族としての生活を取り戻すのに十分な富であった。
しかし、彼らが森を出ようとしたとき、ハンスがふと足を止めた。
「どうしたの、お兄様」
ハンスは、自分の手のひらを見つめていた。香油と煤にまみれたその手は、かつてのように白く、繊細なものではなくなっていた。
「グレーテ、我々は今、財宝を手に入れた。街へ戻れば、また『人間』として、洗練された暮らしができるだろう。だが、忘れてはならない」
ハンスは、焼け跡に残っていた、半分焦げた「山猫の肉」を拾い上げた。
「あの老人は言った。我々を食うことが、文明であり、美学であると。そして我々は、彼を焼き殺すことで、その富を奪った。これは……救済ではない。我々が、あの老人よりも、さらに飢えた、さらに冷酷な『主』に成り代わったというだけの話だ」
グレーテは、兄の言葉を否定しなかった。彼女の瞳の中には、もはや子供らしい光はなく、ただ獲物を値踏みするような、凍てついた理知だけが宿っていた。
「ええ、お兄様。私たちはもう、ただの子供には戻れない。注文を受ける側ではなく、注文を付ける側になったのですもの。この世界という名の料理店で」
二人は、黄金を詰め込んだ袋を背負い、雪深い森を歩き出した。
その背後は、完璧なまでの静寂に包まれていた。
ただ、彼らが歩いた後には、甘い香油と、焼けた肉の匂いが、いつまでも、いつまでも消えずに漂っていた。森の獣たちは、その異質な「捕食者」の気配に怯え、息を潜めて彼らが通り過ぎるのを待つしかなかった。
結末において、彼らは生き延びた。
しかし、その顔に刻まれた「紳士的」な微笑みは、かつての館の主が浮かべていたものと、寸分違わぬほどに深く、そして醜悪なほどに、美しかった。