【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『痴人の愛』(谷崎潤一郎) × 『サロメ』(オスカー・ワイルド)
その夜、月は病的なまでに白く、湿り気を帯びた真珠のように中空に懸かっていた。それはかつて私が夢見た、完璧な「文明」の象徴そのものであり、同時に、私が慈しみ、育て上げ、そして私を破滅へと導くことになるその少女の肌の色そのものであった。
私は彼女を、泥の中から拾い上げた。浅草の場末にある、安っぽい蓄音機が鳴り響くカフェ。そこには卑俗な喧騒と、安酒の匂いと、行き場のない欲望が渦巻いていた。その中で、彼女――ルリ子だけが、異質な沈黙を纏っていた。彼女の瞳には、東洋の湿った闇ではなく、どこか砂漠の彼方から吹き付ける乾いた風のような、峻厳な拒絶の色があった。私は直感した。この幼い獣を、私の手で「象徴」へと昇華させなければならない。彼女を、私の理想とする西欧の、あの冷徹で華麗な美の結晶へと鍛え上げること。それが私の人生に残された唯一の論理的な義務であると。
私は彼女を、郊外の、高い塀に囲まれた邸宅に閉じ込めた。そこは、アール・ヌーヴォーの曲線と、大理石の冷徹さが交差する、私の美意識を具現化した実験室であった。私は彼女に、重厚な絹のドレスを与え、銀のナイフで肉を切り分ける所作を教え、フランスの退廃的な詩を暗唱させた。彼女は、急速にその「役割」を吸い込んでいった。当初の、あどけない少女人形のような従順さは、季節が巡るごとに、薄氷のような鋭利な傲慢さへと変貌していった。
「ねえ、あなた。この香水は飽きたわ。もっと、死の香りがするような、甘くて重い、魂を痺れさせるような滴を持ってきて」
彼女がそう呟くとき、その紅い唇は、熟しきって弾ける直前の柘榴のように見えた。彼女の要求は、日を追うごとに贅沢になり、そして残酷になっていった。私は彼女の支配者であり、造物主であるはずだった。しかし、彼女が私を見下ろすその冷ややかな眼差し――銀色の月の光を湛えたようなその瞳に射すくめられるたび、私は自分が、彼女という巨大な祭壇に捧げられた、卑小な生贄に過ぎないことを悟り始めていた。
物語に亀裂が生じたのは、一人の青年の登場からであった。彼は、私が彼女の「教育」の仕上げとして招いた、若き美学徒であった。彼は清潔で、禁欲的で、何よりその魂は、ルリ子が体現しつつある退廃とは対極にある、高潔な光を放っていた。私は彼を、彼女が踏みにじるための「最高の玩具」として用意したつもりだった。彼女が彼を誘惑し、彼の信念を解体し、その後に残る空虚を私が楽しむ。それが私の描いた、完璧な演劇の筋書きであった。
しかし、ルリ子の反応は私の予測を超えていた。彼女は、彼を誘惑しようとはしなかった。ただ、じっと、獲物を狙う猛禽のように、彼の「首」を――彼の揺るぎない理性を、凝視し続けたのである。
「私は、あの人の魂が欲しいのではないわ」
ある夜、庭園の月明かりの下で、彼女は私に囁いた。彼女の足元には、私が献上した最高級の銀色のサンダルが、月光を反射して怪しく光っていた。
「あの人の、あの一切の欲望を拒絶する、あの『声』が欲しいの。あの声が、絶望に震えて、私の名を呼ぶ瞬間が見たいの。そのためなら、私はあなたの全財産も、この邸宅も、そしてあなた自身の命さえも、銀の盤に載せて捧げても構わないわ」
私は震えた。その恐怖は、しかし、至高の法悦でもあった。私は彼女を、ここまでの怪物に育て上げたのだ。私の「痴人の愛」は、彼女という究極の「サロメ」を完成させた。彼女は今や、私の手を超え、私を喰らい尽くす神へと進化したのだ。
宴の夜がやってきた。私は、彼女のために、庭園を数千の百合の花で埋め尽くした。風が吹くたび、その芳香は死の匂いのように重く立ち込めた。ルリ子は、七枚のヴェールを纏い、月光を浴びて踊り始めた。その舞踏は、もはや人間の動きではなかった。それは、肉体という檻を破壊し、純粋な意志へと還元されていく、凄絶な儀式であった。一枚、また一枚とヴェールが脱ぎ捨てられるたび、彼女の肌はより白く、より硬質に、あたかも象牙の彫像のように輝きを増していった。
青年は、柱に縛り付けられたかのように、その場に立ち尽くしていた。彼の眼には、恐怖と、そして抗いようのない陶酔が混濁していた。彼は、ルリ子の美しさに魅了されたのではない。彼女が体現する「完璧な滅び」の論理に、その理性を屈服させたのだ。
最後のヴェールが落ちたとき、彼女は彼の足元に跪き、そして残酷な微笑を浮かべて私に命じた。
「さあ、約束を果たして。あの人の『沈黙』を、私にちょうだい」
私は、あらかじめ用意していた銀の盤を手に取った。私の手は震えていなかった。むしろ、数学的な確信を持って、その重みを確かめていた。私は、青年の喉元にナイフを当てたのではない。私は、私自身の、これまで積み上げてきたすべての教養、名誉、そして「私」という人間の主体性を、その刃に込めた。
私が切り落としたのは、青年の首ではなかった。それは、私という「飼い主」の自尊心であり、彼女を支配しているという最後の一片の幻想であった。私は、彼女の足元に、私自身の魂の残骸を、血に塗れた銀の盤として差し出した。
ルリ子は、それを受け取らなかった。
彼女は、銀の盤に載った私の「献身」を、冷ややかに一瞥しただけであった。そして、解放された青年――もはや廃人のように虚ろな眼をした彼の手を引き、月の光が降り注ぐ闇の彼方へと歩き出した。
「あなたは勘違いをしているわ」
彼女の声は、夜の風に乗って、私の耳元で冷たく響いた。
「私が欲しかったのは、あなたの犠牲ではない。あなたの『絶望』そのものだったのよ。そして今、あなたはそれを完成させた。私はもう、この場所にも、あなたにも、何の価値も感じない」
私は、百合の香りが充満する庭園に、一人取り残された。手元にある銀の盤には、ただ、冷え切った月光だけが溜まっていた。
私は、彼女を理想の女性に作り替えたのではない。彼女という鏡を通じて、私自身の浅ましさと、虚飾に満ちた「文明」の脆弱さを、一滴の容赦もなく暴き立てられたのだ。私は彼女を愛していたのではない。彼女という残酷な装置を用いて、自分自身の破滅を精巧にデザインしていたに過ぎない。
空には、まだあの病的な月が懸かっている。それは、すべてを冷笑するように白く、冷たい。私は、銀の盤を抱きしめ、その冷たさに頬を寄せた。そこには何の温もりもなく、ただ、完璧な論理の帰結としての、美しい虚無だけが横たわっていた。
私は、勝ったのだ。私の創造物は、私という造物主を完全に否定することで、真の完成に至った。これこそが、私の求めていた「最高の美」であり、逃れようのない「皮肉」という名の、唯一の救いである。私は、月光に照らされた銀の盤を、愛おしそうに口づけした。血の味はしなかった。ただ、冷たい金属の、文明の味がした。