【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『たけくらべ』(樋口一葉) × 『赤毛のアン』(モンゴメリ)
その街を取り囲む大溝は、天からの光を一切拒絶した鈍色の鏡であった。浮世の塵を吸い込み、腐った夢を煮詰めたような水面には、時折、廓の灯火が毒々しい斑紋を描き出す。里美は、その泥水のほとりに佇み、誰も見たことのない「翡翠の森」の幻影を視ていた。彼女の脳裏には、煤けた格子戸も、脂粉の浮いた湿った空気も存在しない。そこにあるのは、永遠に枯れることのない白い林檎の花と、魂を震わせるような清冽な風のささやきだけである。彼女はこの閉ざされた「島」にあって、唯一、言葉という名の翼を持つ異邦人であった。
廓の主、藤五郎の養女として育てられた里美は、その出自の不確かさを、自ら紡ぎ出す華麗な虚構で塗りつぶしてきた。彼女の髪は、周囲の少女たちが愛でる漆黒とは異なり、沈みゆく夕陽を閉じ込めたような不吉な赤みを帯びている。それがこの街では「呪われた血」の証と囁かれようとも、里美にとってそれは「魂の残り火」であった。彼女は道端の石ころに「沈黙する哲学者の孤独」と名付け、朽ち果てた柳の木を「千の涙を湛えた王妃」と呼んで膝をつく。現実という名の牢獄が峻厳であればあるほど、彼女の空想は熱を帯び、極彩色に膨れ上がっていくのであった。
「里美、またおかしな独り言を。そんなことでは、あちらの旦那方に愛想を振りまくこともできやしないよ」
年長の遊女たちが、紅を引く指を休めて嘲笑う。彼女たちは、自らの肉体がまもなく「商品」へと昇華され、やがて消えゆく運命であることを、冷徹なまでの諦念とともに受け入れている。しかし、里美は微笑を返さない。彼女にとって、この街の掟や、血の滲むような序列などは、紙に描かれた不完全な幾何学模様に過ぎなかった。
そんな彼女の魂を、唯一現世へと繋ぎ止めていたのが、寺の息子である信吾という少年の存在であった。信吾は、いずれはこの迷宮を弔うための経を読み、人々の業を背負う定めにある。彼は里美の奔放な空想を、軽蔑することもなく、かといって同調することもなく、ただ深い井戸の底のような瞳で見つめていた。
ある夕暮れ、里美は信吾を大溝の突き当たりにある「嘆きの壁」へと誘った。そこは、行き場を失った端切れや、壊れた櫛が捨てられる掃き溜めであったが、里美の瞳には「星の屑が堆積する聖域」と映っていた。
「信吾さん、見て。あそこに光る割れた陶器の破片は、かつて月を盗もうとして墜落した天使の羽の忘れ形見なのよ。私たちはね、いつかあの羽を拾い集めて、この重たい泥の匂いから逃げ出すことができるの。あなたと私、私たちは同じ魂の色をしているわ。そうでしょ?」
里美の切実な問いかけに対し、信吾は足元の泥を見つめたまま、静かに口を開いた。
「里美さん。君の視ているものは、ここにはない。そして、ここにあるものは、君が視ようとしないものだ。僕たちが同じ色をしているというなら、それはこの大溝に溶け込んだ、救いようのない墨色だけだよ」
その言葉は、里美の壮麗な伽藍を鋭く切り裂いた。彼女は凍りついたような沈黙の中で、信吾の背中を、そして彼が背負うべき「仏罰」という名の冷徹な現実を凝視した。彼は、空想を拒絶することで、この檻の中での生存を選んだのだ。
季節は、情け容赦なく流転する。里美が「大人の儀式」を迎える日は、彼女の意志とは無関係に、そして完璧な論理的帰結として訪れた。廓の伝統に則り、彼女の燃えるような髪は、無機質な油によって塗り込められ、複雑な技巧を凝らした髷へと結い上げられる。彼女の純潔は、帳簿の上の数字へと変換され、煌びやかな着物は、彼女を逃がさないための美しい拘束衣となった。
その夜、里美は鏡の中に、かつての「空想の王女」が死に絶えた姿を見た。そこに立っているのは、男たちの欲望を投影するための、空虚な「器」であった。彼女の自慢だった言葉の翼は、現実という重力によって一本ずつ引き抜かれ、もはや翡翠の森へ飛ぶことは叶わない。
披露目の行列が、賑やかな笛太鼓とともに練り歩く。里美は、沿道に立つ群衆の中に、僧衣を纏い、剃髪したばかりの信吾の姿を見つけた。彼は無表情に、しかし確かに、里美の最期を見届けていた。
里美は、かつての彼女なら決して浮かべなかったであろう、完璧に洗練された「作り笑い」を浮かべた。その瞬間、彼女の脳裏に最後にして最大の、そして最も残酷な空想が閃いた。
(ああ、なんて素晴らしいんでしょう。私は今、最高に美しい悲劇のヒロインを演じているのだわ。この汚泥にまみれた廓こそが、私に相応しい絢爛たる舞台であり、この男たちの視線こそが、私を不滅にするための拍手喝采なのだ)
彼女は、自らの絶望を「至高の美徳」へと再定義した。それこそが、彼女に残された唯一の防衛本能であり、同時に彼女を永遠にこの檻へ閉じ込めるための、完璧な論理の完成であった。
信吾の足元に、里美がかつて大切にしていた「天使の羽」――ただの割れた陶器の破片――が転がった。彼はそれを拾い上げることもなく、ただ一瞥し、深々と頭を下げて去っていった。
翌朝、里美の部屋の窓辺には、彼女が夢想し続けた林檎の花ではなく、無機質な一輪の紙の花が置かれていた。それは、現実という名の大溝に咲いた、血のように赤い、そして一滴の香気も持たない偽物の命であった。里美はその花を手に取り、かつての自分が愛した「空想」を嘲笑うかのように、静かにその花びらを千切って捨てた。彼女の瞳からは、もう二度と、翡翠の森が視えることはなかった。