【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
窓の外、ハドソン川から吹き付ける凍てつく風が、ニューヨークの摩天楼の間を唸りを上げて通り抜けていく。1933年2月17日。世界がどん底にあるような、暗く冷え切った冬の朝だ。私は指先の感覚を確かめるように、机の上に置かれた刷りたての束を手に取った。インクの匂いが鼻腔を突き、まだ微かに温もりが残っているような錯覚を覚える。表紙には、誇らしげに、しかし挑戦的な書体で「News-Week」の文字が刻まれていた。
トーマス・マーティンがタイム誌を去り、この新しい週刊誌を創刊すると宣言したとき、周囲の反応は冷ややかなものだった。大恐慌の影は深まり、失業者は街に溢れ、明日のパンさえままならない人々が列をなしているこの時代に、誰がわざわざ一握りの硬貨を払ってまで、世界を覆う憂鬱なニュースを読みたがるというのか。だが、マーティンは確信していた。混沌とした時代だからこそ、人々は整理された真実を、誇張のない事実を求めているのだと。
創刊号の表紙を飾ったのは、一週間の出来事を象徴する七枚の写真だった。それは、言葉で飾るよりも雄弁に、この一週間に世界で何が起きたかを物語っている。アドルフ・ヒトラーがドイツの首相に指名され、欧州に不穏な影が落ち始めたこと。禁酒法が解かれようとしているアメリカの喧騒。そして、我々の足元を脅かす経済の混迷。それらすべてが、整然としたレイアウトの中に収められている。
昨夜、編集室は戦場のようだった。タイプライターが刻む硬質な打鍵音が、まるで機関銃の掃射のように響き渡り、室内は安煙草の煙で霞んでいた。記事の一行、キャプションの一文字に至るまで、私たちは妥協を許さなかった。タイム誌の、あのいささか尊大で装飾過多な文体に対抗し、我々が目指したのは簡潔さと客観性だ。読者が多忙な日々の中で、世界の鼓動を的確に把握できるような、そんな窓を作ることだった。
私は一番上の部数を手に取り、ページをめくった。ざらついた紙の手触りが心地よい。記事の中には、来月の大統領就任を控えたフランクリン・ルーズベルトの記事もある。彼がこの国を、そしてこの凍えた世界をどこへ導くのか、誰もが固唾を飲んで見守っている。私たちの使命は、その一歩一歩を記録し、報じることにある。
ふと、階下の通りを見下ろすと、厚い外套に身を包んだ人々が、肩をすぼめて歩いているのが見えた。彼らの中に、この創刊号を手に取ってくれる者はどれほどいるだろうか。あるいは、この雑誌が十年後、二十年後も続いているだろうか。未来のことは誰にもわからない。しかし、今日この瞬間、私たちは歴史の目撃者として、その断片を紙の上に定着させることに成功したのだ。
インクの染みがついた指で、私はそっと創刊号を鞄にしまった。この小さな紙の束には、今を生きる人々の苦悩と希望、そして、真実を追い求める私たちの情熱が詰まっている。冷たい風が吹くニューヨークの街へ、私は最初の一歩を踏み出した。この新しい「週刊誌」が、いつか世界を映し出す巨大な鏡となることを信じて。
参考にした出来事
1933年2月17日、アメリカ合衆国で週刊ニュース雑誌『ニュースウィーク(当初の表記はNews-Week)』が創刊された。元『タイム』誌の外国人記者であったトーマス・J・C・マーティンによって設立され、一週間の出来事を写真と客観的な叙述でまとめるスタイルを特徴とした。大恐慌の最中という困難な時期の創刊であったが、その後、世界的な有力誌へと成長を遂げることとなった。