リミックス

碧落に哭く八つの魂――銃士隊長と伏姫の亡霊

2026年1月11日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 ガスコーニュの泥濘を蹴り、パリという名の巨大な臓腑へと辿り着いた青年ダルタニアンの懐には、一粒の水晶珠が疼いていた。それは亡き父から託された、鈍い光を放つ「仁」の珠である。十七世紀のフランス、それは硝煙と香水の匂いが混ざり合い、絶対王政という名の巨大な歯車が、個人の尊厳をひりひりと磨り潰していく時代であった。ダルタニアンが目指したのは、国王陛下への忠誠という名の、実は己の血脈に刻まれた呪いからの逃走であった。

 ムシュ・ド・トレヴィルの詰め所に集う三人の銃士――アトス、ポルトス、アラミス。彼らもまた、その青き外套の下に、数奇な刻印を隠し持っていた。アトスは「義」、ポルトスは「信」、アラミスは「礼」。彼らが剣を交え、やがて「一人は皆のために、皆は一人のために」という誓いを立てた時、それは単なる友情の発露ではなく、数百年の時を超えて回帰する、因果の糸が結ばれた瞬間であった。

 リシュリュー枢機卿の冷徹な眼光は、この四人が集結したことの意味を、誰よりも早く察知していた。枢機卿が操る影、ミレディ・ド・ウィンター。彼女の肩に刻まれた百合の紋章は、かつて安房の国で八つの珠を飛び散らせた神犬八房の、怨念の残り香であった。ミレディは美貌という名の毒を撒き散らし、アンヌ王妃の秘密、すなわち「バッキンガム公に贈られた十二個のダイヤモンドの飾り」を奪おうと画策する。だが、その飾りこそが、実は八犬士の珠を封印するための、西欧の叡智が鋳造した黄金の檻に他ならなかった。

「アトス、貴公はなぜそれほどまでに沈黙を愛する」
 ダルタニアンの問いに、アトスは古いボルドーの赤を煽り、物憂げに答えた。
「沈黙こそが、私の中に眠る獣の声を抑え込む唯一の術だからだ。ダルタニアン、我々の外套は青いが、その下にある肉体は、常に黒い血の熱に浮かされている。私たちは、仕えるべき主君を求めているのではない。己を食い破ろうとする運命の牙から、逃げ惑っているに過ぎんのだ」

 ロンドンの霧の中を、四人の馬蹄が駆け抜ける。彼らを阻むのは、枢機卿の衛兵たちではない。彼ら自身の内側に潜む、八つの徳目という名の「重呪」であった。「仁」に殉じようとすれば情に溺れ、「義」を貫こうとすれば冷酷に堕ちる。ダルタニアンは、バッキンガムの私邸で王妃の飾りを手に取った瞬間、幻視した。それは白亜の宮殿ではなく、波飛沫の砕ける館山城の廃墟であり、そこには腹を裂いて死した一人の姫の、悲痛な叫びが満ちていた。

「この飾りを返せば、すべてが終わる」
 そう信じて、ダルタニアンはパリへと馬を走らせる。背後からはミレディの、硝子細工のような冷ややかな笑い声が追いすがってくる。彼女はかつての伏姫が切り離した、人間としての「業」そのものの受肉であった。

 ついにパリの舞踏会。王妃の胸元に、燦然と輝くダイヤモンドの飾りが戻る。枢機卿は唇を噛み、国王は満足げに頷く。勝利の美酒を酌み交わす四人の銃士たち。しかし、その夜、ダルタニアンの懐の珠は、かつてないほどに熱く、赤く拍動していた。

「見ていろ、ダルタニアン」とアトスが呟く。「これが我々の完成だ」

 王妃が身につけた十二個のダイヤモンドと、彼らが持つ四つの珠。合計して十六の欠片が揃ったとき、論理的な必然として、一つの扉が開かれた。それは王権の安泰でも、正義の勝利でもなかった。

 王妃アンヌは、飾りが胸に触れた瞬間、その優雅な面輪を苦悶に歪め、獣のような咆哮を上げた。彼女の背後から現れたのは、光り輝く神域ではなく、全てを無に帰す「絶対的な献身」という名の空虚であった。八つの徳目は、人間を救うためのものではない。人間という不完全な器を破壊し、完璧な「概念の犬」へと昇華させるための触媒に過ぎなかった。

 アトスは笑った。その瞳からは涙ではなく、真っ黒な墨が零れていた。ポルトスは筋骨隆々とした肉体を内側から弾けさせ、アラミスは十字を切る指先から崩壊していった。

「一人は皆のために」
 その誓いの真意が、ついにダルタニアンの脳裏に閃く。一人が皆のために犠牲になるのではない。八つの魂が一つに溶け合い、個という存在を抹殺すること。それが「一(One)」の正体であった。

 翌朝、パリの街には、四人の銃士の姿はどこにもなかった。ただ、王宮の地下牢に、見事な毛並みを持った一頭の巨大な犬が、主を失った青い外套を足元に敷いて、静かに眠っていた。その首には、王妃から奪い取ったかのような、血に汚れたダイヤモンドの飾りが巻き付いている。

 リシュリュー枢機卿は、その獣の前に跪き、満足げに報告した。
「陛下、反乱の火種は消え去りました。今や、この国にはただ一つの意志しか存在しません。個人の葛藤も、裏切りも、愛も、すべてはこの一頭の忠義の中に回収されました」

 窓の外では、何も知らない民衆が「正義の勝利」を祝って歓声を上げている。ダルタニアンという名の青年が抱いた、大望も、初恋も、父への思慕も、すべては八つの珠が描く円環の中に飲み込まれ、完璧な沈黙へと変換された。因果は閉じられた。そこに残されたのは、物語という名の美しい骸と、誰にも聞き届けられることのない、獣の遠吠えだけであった。