【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
ボストンの冬は、去り際になってなお鋭い爪を立てる。窓の外では灰色の空から湿った雪が舞い降り、五番街の石畳をぬらぬらと黒く光らせていた。私の研究室、エクセター・プレイス五番地の屋根裏部屋には、酸っぱい電池の臭いと、加熱された絶縁用ワックスの重苦しい香りが立ち込めている。指先は重クロム酸カリウムの溶液で黄色く汚れ、爪の間にまで入り込んだ真鍮の削り屑が、時折チクリと痛んだ。
今朝、一通の書状が届いた。ワシントンの特許局からの公文書である。
米国特許第百七十四万四百六十五号。
この数字の羅列が、私の人生を、そしておそらくはこの世界の在りようを、不可逆的に変えてしまうのだという実感が、鉛のような静寂となって部屋に沈殿している。私はその紙を、油の染みた作業机の上に広げた。震える手で紙面に触れる。それは単なる独占権の証明ではない。それは「声」という、肉体に縛られ、空気に溶けて消えるはずの魂の断片を、稲妻と同じ速さで遠方へと運ぶための、神への挑戦状にも等しい。
私の父は、発声学の権威として聾者に言葉を教えてきた。私の母も、私の妻となるメイベルも、音のない世界に生きている。私にとって音とは、単なる物理現象ではなく、孤独な魂と魂を繋ぎ止めるための切実な橋渡しであった。あの多重電信の実験を繰り返していた日々、電磁石の振動板が不意に発した「音」の正体を見出した時の戦慄が、今も背筋を駆け抜ける。断続的な信号ではなく、波打つ電流のうねりそのものに声を乗せるという着想。それは狂気と紙一重の直感だった。
ライバルであるイライシャ・グレイの影は常に私の背後にあった。聞けば、特許の出願は数時間の差であったという。ワシントンの法務という迷宮の中で、私の書類がわずかに早く、あるいはわずかに有利に扱われたという事実。この紙一枚がなければ、歴史は私の名を、空想に憑かれたしがない発声教師として葬り去っていたことだろう。運命というものの気まぐれに、私はただ、吐息をつくしかない。
作業机の端には、未だ沈黙を守る実験機が鎮座している。ラッパ状の送話器、真鍮のネジ、そして張り詰められた薄い膜。それはまだ、完全な言葉を吐き出したわけではない。数日前には、かすかな母音の響きをワトソン君に届けたに過ぎない。しかし、この特許という名の法的な正当性を得た今、私の内側には、かつてないほどの確信が満ち溢れている。
この装置は、いつの日か、この大陸の隅々まで血管のように張り巡らされることになるだろう。ロンドンとニューヨーク、あるいはもっと遠い異国の地で、愛し合う者たちが互いの吐息を共有する。病に伏せる子供が、遠く離れた父の励ましの声を聞く。それは、距離という概念の死であり、空間という牢獄の崩壊である。
私はペンを執り、日記の余白にこう記した。
「音は電気に変わり、電気は再び音に還る。それは魔術ではなく、自然の摂理の写し絵に過ぎない。しかし、この紙切れが保証する未来において、人類はもはや、沈黙という名の孤独に耐える必要はなくなるのだ」
ランプの灯が、風に煽られて不規則に揺れている。ワトソン君が隣の部屋で、明日の実験の準備を始めたようだ。金槌を叩く規則的な音が、壁を伝って聞こえてくる。その音さえも、いつかはこの細い銅線を伝い、光のような速さで未知の誰かの耳へと届く日が来るだろう。
私は窓の外、雪に煙るボストンの街並みを見下ろした。馬車の車輪の音、街灯を灯す足音、人々の喧騒。それらすべての音が、いつか私の手の中に収束し、世界を繋ぐ神経系へと変貌していく。その夜明けの光が、特許証の冷たい紙面を白く照らしていた。
参考にした出来事:1876年3月7日、アレクサンダー・グラハム・ベルが「改良された電信の技術(電話)」の特許(米国特許第174,465号)を取得した出来事。これにより、音声の電気的伝送に関する権利が法的に認められ、現代の通信技術の礎となった。