【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『東海道中膝栗毛』(十返舎一九) × 『ハックルベリー・フィンの冒険』(マーク・トウェイン)
泥を孕んだ大河の湿った吐息が、屋形船の残骸を優しく、しかし確実に腐らせていく。私はその船べりに腰を下ろし、流木で焚いた貧相な火を見つめていた。隣では弥次さんが、欠けた猪口を弄びながら、もうこの世には存在しない宿場の女の話を繰り返している。その声は、夜の帳を揺らす虫の音に混じり、何の意味も持たぬ音の羅列となって暗闇へ吸い込まれていった。
「いいかい、坊。この川を下りきれば、そこには伊勢の神宮も、お上の役人も、借金取りの叫び声も届かない『黄金の州』があるんだ。そこでは人間は皆、ただの息をする肉の塊として、誰に憚ることもなく笑って死ねるのさ」
弥次さんの言葉は、いつも甘い砂糖菓子のようでいて、その実、喉を焼く劇薬の味がした。私は返事をせず、ただ川面に映る不格好な月を見つめていた。私たちは、江戸という名の巨大な監獄から逃げ出してきた、名もなき亡霊だった。弥次さんはかつて江戸でそこそこの商いをしていたらしいが、博打と女に溺れ、気がつけば背負いきれないほどの証文だけを抱えていた。私はといえば、自分がどこの誰かも知らぬまま、ただ彼の影に縋ってこの泥の河を彷徨っている。
「坊、お前さんは『自由』ってやつを見たことがあるか?」
弥次さんが不意に真面目な顔をして私を見た。私は首を振る。自由などという言葉は、町の広場で首を吊られた罪人が、最期に吐き出す泡のようなものだと思っていた。
「俺はね、それをこの手で掴みたいんだ。重たい義理や、誰が決めたかもわからん法から解き放たれて、ただ風のように動く。それが人間の本当の姿ってやつさ」
その夜、私たちは一体の死体を見つけた。川べりの葦の茂みに引っかかっていたのは、まだ若い男だった。その死体は、上等な絹の着物を着ていたが、首には重たい鉄の枷が嵌められていた。弥次さんは躊躇うことなく死体の懐を探り、数枚の小判と、一通の手紙を見つけ出した。
「見ろよ坊、こいつは『お墨付き』だ。これさえあれば、関所だって顔パスだ」
弥次さんは笑ったが、その目は笑っていなかった。彼は死体から剥ぎ取った服を私に着せ、自分もまた、どこかの浪人から盗んだであろう襤褸を纏った。私たちはこうして、他人の人生を勝手に継ぎ接ぎしながら、偽りの巡礼を続けていく。
河を下るにつれ、景色は次第に毒々しさを増していった。岸辺には、逃げ遅れた農民たちが飢えに狂って土を喰らう姿があり、その上空を、肥え太った烏が不気味な鳴き声を上げて旋回している。弥次さんはそんな光景を、滑稽な冗談でも飛ばすかのように眺めていた。彼は悲劇を喜劇に変換する天才だった。いや、そうしなければ、彼の魂はとうの昔にこの泥水に溶けて消えていたのだろう。
ある宿場で、私たちは「聖者」と呼ばれる男に出会った。男は説法を説きながら、信者たちから最後の一文までを巻き上げていた。弥次さんはその男に近づき、自分がいかに信心深い巡礼者であるかを、涙ながらの出任せで語り聞かせた。聖者は弥次さんの言葉を信じ、私たちを特別に奥の間へと招き入れた。
そこで行われていたのは、信仰という名の略奪だった。聖者は神の声を騙り、年老いた女たちに、死後の救済と引き換えに娘を差し出させていた。私はその光景に胸が詰まるような嫌悪感を覚えたが、弥次さんは平然としていた。彼は聖者の隙を見て、祭壇に供えられた高価な酒と食べ物を懐に詰め込むと、私を連れて裏門から逃げ出した。
「坊、腹を立てるな。あの聖者も、俺たちも、結局は同じ穴の狢さ。みんな、この泥濘の中で溺れないために、誰かの頭を蹴飛ばして浮かんでるんだ。それがこの世界の、たった一つの、そして完璧なロジックなんだよ」
川はさらに広がり、海へと近づいているようだった。潮の香りが混じり始めると、弥次さんの饒舌さはさらに加速した。彼は『黄金の州』で自分たちが手にするであろう、果てしない幸福の青写真を熱っぽく語り続けた。そこには貧困も、差別も、過去の過ちも存在しない。ただ純粋な「存在」だけが許される場所。
しかし、私の心には、拭い去れない不安が澱のように溜まっていた。弥次さんが語れば語るほど、その目的地は輪郭を失い、蜃気楼のように遠ざかっていく。私たちは本当にどこかへ向かっているのだろうか。それとも、ただ円を描くように、同じ場所を回り続けているだけなのだろうか。
ついに、川の終端が見えてきた。視界が開け、目の前にはどこまでも続く灰色の水平線が広がっていた。そこは『黄金の州』などではなく、ただの巨大な干潟だった。引き潮の跡には、夥しい数のゴミと、行き場を失った魚たちの死骸が散乱していた。
「……ここが、そうだ。坊、ここが俺たちの目指した場所だ」
弥次さんは、力なく膝をついた。彼の前には、巨大な木製の門が立っていた。それはかつてこの地を支配していた権力者が、自らの威光を示すために建てた「自由の門」の残骸だった。門の柱には、色褪せた文字でこう刻まれていた。
『全ての民は、法の前において平等に沈黙せよ』
門の向こう側には、数人の役人が待ち構えていた。彼らは無表情に、私たちの方へと歩み寄ってきた。弥次さんは慌てて、あの死体から奪った『お墨付き』を差し出した。
「お役人様、これをご覧ください! 私たちは正当な巡礼者でして……」
役人の一人がその紙を受け取り、一瞥して冷笑した。
「これは数年前に処刑された大罪人の特赦状だ。しかも、有効期限はとっくに切れている。お前、これを持ってくれば、自分が死罪になることを知らなかったのか?」
弥次さんは目を見開いた。彼はその紙が、自分を救う鍵だと信じ切っていたのだ。しかし、実際にはそれは、彼を奈落へと引きずり込むための重石に過ぎなかった。
役人たちは、弥次さんの腕を強引に掴み、枷を嵌めた。その時、弥次さんは私の方を振り返った。彼の顔には、これまで見たこともないような、清々しいまでの絶望が浮かんでいた。そして、彼は唐突に吹き出した。
「ははは! 坊、見ろよ。これが、俺が掴みたかった『自由』の正体だ。誰の指図も受けず、自分の意志で、わざわざ首を吊るための場所まで歩いてきたんだ。これ以上の喜劇があるか?」
弥次さんは笑いながら連行されていった。その笑い声は、風にかき消されることなく、広い干潟にいつまでも響き渡っていた。
私は一人、干潟に残された。足元には、弥次さんが落とした偽の小判が転がっている。私はそれを拾い上げ、曇り空にかざしてみた。それは鉛のように重く、鈍い光を放っていた。
私は気づいた。この物語には、最初から救済など用意されていなかったのだ。弥次さんは、社会という檻から逃げ出すために、別の檻(妄想)を自ら作り上げ、その中で踊っていたに過ぎない。そして私もまた、彼の踊りに見惚れることで、自分という檻から逃げていたのだ。
潮が満ち始めていた。冷たい海水が私の足を浸し、泥を洗い流していく。私は踵を返し、再び川を遡り始めた。目的地などどこにもない。しかし、この泥濘の中で足掻き続けることだけが、唯一、この残酷な世界に抗う方法なのだと、弥次さんの乾いた笑い声が教えてくれているような気がした。
背後で、処刑の始まりを告げる太鼓の音が一度、重く響いた。私は一度も振り返らず、ただ泥の中に深く足を沈め、次の一歩を踏み出した。そこには、誰にも語られることのない、真に空虚で、真に自由な地獄が広がっていた。