【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『孤島の鬼』(江戸川乱歩) × 『モルグ街の殺人』(ポー)
月光が、剃刀の刃のように冷たく、深夜の書斎を切り裂いていた。私の友人であり、比類なき分析的知性の体現者である安住(あずみ)は、琥珀色の液体の満ちたグラスを揺らしながら、影の中に深く沈み込んでいた。彼の眼窩は、まるで深淵を覗き込む古井戸のように暗く、その奥底では、凡庸な人間が「狂気」と呼ぶ種類の、あまりに純粋すぎる論理の炎が静かに揺らめいていた。
私たちの眼前に広げられているのは、数枚の不鮮明な写真と、警視庁からの極秘記録である。それは、瀬戸内海の辺境に浮かぶ孤島、通称「鴉島(からすじま)」で発生した、言語を絶する凄惨な事件の記録であった。
被害者は、かつてその島を私有し、異形の美学に彩られた隠遁生活を送っていた旧華族、諸星(もろほし)子爵とその令嬢である。二人の遺体は、島の最頂部にそびえ立つ、中世の拷問塔を思わせる石造りの「時計塔」の最上階で発見された。その部屋は完全なる密室であった。扉は内側から重厚な閂で閉ざされ、窓は地上十数メートルの垂直な壁に穿たれた、人間が通り抜けることなど到底不可能な細い隙間に過ぎない。
だが、惨劇の様相は、密室の謎以上に奇怪であった。子爵の遺体は、まるで巨大な万力で絞られたかのように骨が粉砕され、時計の巨大な歯車の間に、肉の塊となって押し込められていた。一方、令嬢の遺体は、その繊細な喉を、刃物ではなく、強靭な「指」のようなもので、完膚なきまでに引き裂かれていた。現場には、人間の言葉とは思えぬ、低く、濁った、獣じみた咆哮を聞いたという証言が残されている。しかし、近隣の住人が駆けつけたとき、塔から逃げ出した者の姿はどこにもなかった。
「君はこれを、単なる狂人の所業、あるいは制御を失った獣の暴発と見るかね?」
安住が、静寂を破って問いかけた。彼の声は、手術刀のように冷徹であった。
「状況はそう物語っている。だが、あの島には、諸星家が代々伝えてきたという、おぞましい噂がある。人間を人工的に改造し、異形の『美』を創り出そうとする狂気的な試みだ。乱歩的な耽美幻想が、ポオ的な冷酷な論理と衝突した結果がこれではないのか」
私は、喉を鳴らしながら答えた。安住は、わずかに唇の端を歪め、嘲笑とも憐憫ともつかぬ笑みを浮かべた。
「美、か。それは感傷的な解釈だ。私がこの記録から読み取るのは、もっと数学的に冷酷な、あるいは解剖学的に必然な『帰結』だよ。いいかね、観察こそが真理への唯一の梯子だ。まず、現場に残された毛髪を見たまえ。これは霊長類のそれではない。しかし、既知のいかなる類人猿の遺伝子とも一致しない。そして、壁に残された血の手形……。親指の位置が、人間のそれとは決定的に異なっている。だが、その指の動きが描く軌跡は、極めて高度な、ある種の『執着』を示しているのだ」
安住は立ち上がり、書斎の壁一面を覆う解剖図の前に立った。
「諸星子爵は、ある理論に憑りつかれていた。それは『完璧な結合』だ。江戸川の描いたあの孤島の主が、肉体を繋ぎ合わせることで理想の人間を創ろうとしたように、子爵もまた、二つの生命を一つに統合することで、死をも超越する絶対的な個体を創り出そうとした。だが、彼は致命的な計算違いをした。彼は、知性と肉体の力を、別々の源泉から求めてしまったのだ」
安住の論理は、暗闇の中で一本の光り輝く糸を紡ぎ出していく。鴉島で行われていたのは、単なる畸形の蒐集ではない。それは、オランウータンの圧倒的な筋力と、人間の、それも「最も歪んだ憎悪」を宿した知性を、外科的手術と薬理学的処置によって融合させるという、禁忌の錬金術であった。
「密室の謎は、もはや謎ではない。犯人は、垂直の壁を蜘蛛のごとき敏捷さで登り、その細い窓から、骨格を自在に脱臼させることで侵入した。だが、なぜ彼は子爵を殺し、令嬢を惨殺したのか。そこに、この悲劇の『完璧な皮肉』が隠されている」
数日後、私たちは鴉島へと渡った。潮騒が、死者の呻きのように響く不毛の岩礁である。崩れかけた時計塔の内部には、いまだに死の異臭が漂っていた。安住は、床に散らばった歯車の破片や、乾燥した血痕を、虫眼鏡で精査していく。
やがて、彼は塔の最下層、地下室へと続く隠し扉を見つけ出した。そこには、子爵が秘密裏に築き上げた「人間造形工場」の残骸があった。ホルマリン漬けにされた不完全な四肢、歪んだ頭蓋骨、そして、無数の書き込みがなされた研究日誌。
「見てみたまえ。これが真実だ」
安住が指し示した日誌の最後の一節には、震える文字でこう記されていた。
『実験体零号――それは私の最高傑作であり、同時に最大の失敗であった。私は彼に、私自身の知性を、そして彼(野獣)に、この世で最も強靭な肉体を与えた。私は、彼らを肉体的に結合させることで、孤独を知らぬ永遠の存在を創りたかった。だが、彼らが求めたのは、結合ではなく、分離であった』
私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「分離……だと?」
「そうだ」安住は、暗い地下室の隅を見つめながら言った。「子爵は、一人の人間と一匹の野獣を、物理的に縫い合わせたのだ。しかし、その知性の側が、あまりに鋭敏すぎた。鏡に映る己の醜悪な姿、野獣の肉体に閉じ込められた己の魂を、その知性は許容できなかった。彼は、自分をこの世に繋ぎ止めている『もう半身』を、そして自分をこのような姿に変えた『造物主』を、憎悪したのだ」
その時、塔の暗がりの奥で、何かが動く音がした。
現れたのは、もはや言葉では形容しがたい存在であった。巨大な、剛毛に覆われた四肢を持ちながら、その顔半分には、苦悩に満ちた、あまりに繊細な人間の男の貌が張り付いている。その瞳には、ポオが描いた「分析者の冷徹」と、乱歩が描いた「狂おしいまでの情念」が同居し、矛盾したまま燃え盛っていた。
それは、自分自身の肉体を、あの夜、時計塔で引き裂こうとしたのだ。令嬢を殺したのは、彼女を愛していたからではなく、彼女の中に、かつての「正常な自分」の面影を見たからだ。自分を縛るこの野獣の肉体から解放されるために、彼はまず、自分をこの世界に繋ぎ止める全ての縁を、物理的に断絶しようとしたのである。
「悲しいかな、彼の知性はあまりに優秀すぎた」安住は、襲いかかろうとするその怪物を見据え、一歩も引かずに言った。「彼は、自分を殺す方法を論理的に導き出した。だが、野獣の生命力が、その実行を阻んでいる。彼は死にたくても死ねない。自分という密室の中に、自分という怪物を閉じ込めたまま、永遠に論理的な苦悶を続けるのだ」
怪物は、悲痛な叫びを上げた。それは鋭い金属音のようでもあり、赤子の泣き声のようでもあった。彼は、安住の瞳の中に、自分と同じ「真理の深淵」を見たのかもしれない。
怪物は突如として、自らの胸に鋭い爪を立て、肉を抉り取ろうとした。しかし、安住が予測した通り、野獣の驚異的な再生能力が、即座に傷口を塞いでいく。彼は、自らの知性によって導き出した「死」という唯一の救済を、自らの肉体によって拒絶され続けているのだ。
私たちは、鴉島を後にした。背後では、時計塔が夕闇に溶け込み、あの怪物の咆哮が、風に乗っていつまでも追いかけてきた。
「安住、君はなぜ、彼を助けようとしなかったのか」
船の上で、私は問いかけた。安住は、遠く沈みゆく太陽を見つめたまま、無機質な声で答えた。
「助ける? どうやってかね。彼は、完全な論理に到達したのだ。自らが『存在してはならない数式』であることを、彼は誰よりも深く理解している。私にできるのは、その数式の美しさを、観客として見守ることだけだ」
安住の横顔は、あの怪物とどこか似ていた。冷徹な分析眼が、世界の不条理を解剖し尽くした先に見出すのは、常にこのような絶望的な静寂なのだ。
最大の皮肉は、犯人が誰であるかでも、密室がどう作られたかでもなかった。この世で最も高度な知性を与えられた者が、その知性ゆえに、自らが野獣であることを一刻も忘れることができず、死という出口のない迷宮を永遠に彷徨い続けるという、その構造そのものにあった。
鴉島は、今や地図からも消え去ろうとしている。だが、私の脳裏には、今もあの光景が焼き付いている。鏡のない部屋で、自らの肉体という鏡像を呪いながら、永遠に解けない数式を解き続ける、あの「論理的な野獣」の姿が。
文学が、魂を救済するためのものであるという欺瞞は、あの日、鴉島の波間に消えた。残されたのは、凍てつくような論理の切っ先と、決して癒えることのない、剥き出しの美という名の傷跡だけである。