リミックス

尺余の合理、あるいは肉塊の帝都に関する覚書

2026年1月13日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

余がその「お椀」と称される漆塗りの半球体へと身を投じ、箸を櫂として濁流へ漕ぎ出したのは、生存への渇望というよりは、むしろ均整を欠いたこの肉体に対する論理的な決着を求めてのことであった。生誕の瞬間から一寸という境界線に幽閉された余の視界において、世界は常に過剰であり、暴力的なまでに巨大であった。母の流す涙は余を溺れさせるに足る粘り気のある湖であり、父の吐息は家屋を揺るがす季節外れの暴風に他ならなかった。余は、この不条理な尺度の牢獄から脱出するために、京という名の、より高次な秩序が支配するはずの聖域を目指したのである。

川面を滑る余の器は、物理学的見地からすれば極めて不安定な航行を余儀なくされた。水滴の一つ一つが重力に抗う透明な巨岩のように余の頬を打ち、表面張力という名の冷徹な壁が、幾度となく余の進路を阻んだ。余は、腰に帯びた一本の針を強く握りしめた。それは、この巨大な質量の世界において、唯一、余が「鋭利な論理」として行使できる武装であった。

京の都に辿り着いた余を待ち受けていたのは、雅な伝説とは程遠い、肉と腐敗と虚飾が織りなす「巨大な器官」の集積であった。余が「宰相」と呼ぶことになったその男は、余の眼前に聳え立つとき、その毛穴の一つ一つが汚濁した油を噴出する火口のように見えた。彼の言葉は、大気の振動というよりは、鼓膜を物理的に粉砕しようとする質量攻撃であった。余は彼の寵愛を受けたが、それは知性ある人間としての遇され方ではなく、珍奇な挙動を見せる昆虫、あるいは歯車の狂った精密時計を愛でるような、冷酷な好奇心に支えられたものであった。

余に与えられた任務は、姫君の身辺を護衛することであった。しかし、余の眼に映る姫君は、詩歌に詠まれるような美の化身ではなかった。彼女の皮膚は、拡大鏡を通した地形図のごとく起伏に富み、その呼吸に伴う肺胞の蠢きは、地下に蠢く巨大な蛇の群れを連想させた。彼女が纏う絹織物は、余にとっては巨大な綱の絡まりであり、その隙間に潜む塵芥や害虫こそが、余の真の対話相手となった。余は、彼女の耳元で知を囁き、彼女の視界に入らぬ微細な危険を、その針の一刺しで排除し続けた。

ある日、我々は「鬼」と邂逅した。世俗の物語では、それは角を持つ怪物として描かれるが、余の冷徹な観察眼に映ったのは、社会の尺度から逸脱し、野生という名の無秩序に身を委ねた、肥大化した肉の塊に過ぎなかった。その鬼は、姫君を喰らおうとしたのではない。ただ、その巨大な質量を維持するために、目の前の有機物を取り込もうとする、生物学的必然に従っていただけである。

鬼が余を飲み込んだ瞬間、余はその胃袋の内部に、帝都の縮図を見た。そこには未消化の欲望と、腐敗した倫理が、胃酸という名の虚無の中に漂っていた。余は針を振るった。それは正義のためでも、忠誠のためでもない。余の存在という一点を、その巨大な無秩序の中に刻み込むための、唯一の論理的帰結であった。激痛に悶える鬼は、一つの奇妙な物体を吐き出した。それは、世に言う「打ち出の小槌」であった。

鬼が逃走した後、余はその木槌の前に立った。姫君は、それを「願いを叶える宝」と呼び、余に身の丈を伸ばすよう懇願した。しかし、余は躊躇した。この小槌が司るのは、存在の変容ではなく、単なる「尺度のスライド」に過ぎないことを、余の理性が告げていたからである。もし余が周囲と同じ大きさを手に入れれば、余を特別たらしめていた「微細な真実を見極める眼」は、大雑把な肉の受容器へと退化するだろう。

だが、姫君の眼差しに含まれる、哀れみと所有欲が混ざり合った、その「正常な人間」の傲慢さに、余は耐え難い侮蔑を覚えた。余はこの論理の不備を正すために、小槌を振るう決断をした。

一振りごとに、余の視界は降下し、同時に地平は拡大していった。細胞が分裂し、骨が軋み、肉が膨張する苦痛は、宇宙が誕生する際の混沌に似ていた。そして、ついに余は、彼らと同じ「五尺余」の肉塊へと成り果てた。

鏡の前に立った余が目にしたのは、かつて余が唾棄した、毛穴の目立つ、凡庸で、不潔な、巨大な獣の姿であった。余は姫君の手を取り、彼女の瞳の中に、かつて余がいた場所を探した。しかし、そこには何もありはしなかった。余が手に入れたのは、かつて余を圧殺しようとした世界の一部になるという、究極の同化であった。

今や余は、朝廷において重用される高官である。余の言葉はかつてのような鋭利な真実を失い、大気を震わせるだけの無意味な質量へと変わった。かつて一寸の視点から見抜いた、権力構造の亀裂や、人間の深淵に潜む膿は、今の大きな眼には映らない。余は、自分がかつて何を目撃していたのかさえ、思い出せなくなりつつある。

究極の皮肉は、余がかつて持ち歩いていた、あの「針」にある。今やそれは、余の巨大な指先では摘まむことすらできぬ、ただの無価値な金属片と化した。余は、世界を切り裂くための刃を捨て、世界を維持するための重しとなったのだ。

庭園の隅で、一匹の蟻が死んだ蝶を運んでいる。かつての余であれば、その労働の中に壮大な叙事詩を読み解いただろう。しかし今の余には、それはただの黒い点の蠢きにしか見えない。余はそれを、磨き上げられた革靴の底で、無造作に踏みつぶす。それが、この尺度の世界における、唯一にして最も簡潔な、大人の論理であるからだ。余は今、完璧に、そして幸福なまでに、盲目である。