【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
千七百十の階段を一段ずつ踏みしめるたび、ふくらはぎの筋肉が悲鳴を上げ、肺が冷たい春の空気を求めて喘ぐ。しかし、私の心臓を激しく叩いているのは肉体的な疲労ではない。それは、三億フランの鉄の夢が、ついに完成の瞬間を迎えようとしているという、震えるような高揚感だ。
一八八九年三月三十一日。パリの空は低く垂れ込めた雲に覆われていたが、正午を過ぎる頃には、雲の間から鈍い銀色の光が差し込み始めた。シャン・ド・マルスの広場を見下ろすと、そこにはまだ泥にまみれた建設途中の万博会場が広がっている。だが、私たちの足元にあるのは泥ではない。一万八千三十八個の鍛鉄の部品が、二百五十万個の鋲によって一寸の狂いもなく組み上げられた、人類史上かつてない高さの人工物だ。
ギュスターヴ・エッフェル氏は、私の数歩先を、驚くべき足取りの軽さで登っていく。還暦近いというのに、その背中には迷いがない。彼は時折立ち止まり、剥き出しの鉄骨に手を添えて、その冷たさを確かめるように撫でる。その手つきは、荒々しい獣を懐柔した調教師のようでもあり、あるいは愛しい女性の肌に触れる恋人のようでもあった。
「君、見てごらん。パリが我々の足元に跪いているよ」
エッフェル氏が振り返って言った。その声は、高所の強風に煽られながらも、確固たる自信に満ちていた。私は手すりにしがみつき、恐る恐る下を覗き込んだ。視界が眩暈を起こす。セーヌ川は細い銀の糸となり、壮麗な石造りの建築物で埋め尽くされたパリの街並みが、まるで子供の玩具の模型のように縮こまって見えた。かつてノートルダムの塔こそが空の支配者であった時代は、今日この瞬間に終わったのだ。石の文明が終わり、鉄の時代が幕を開けたのだと、この吹き抜ける風が耳元で囁いている。
作家のモーパッサンや建築家のガルニエたちが、この塔を「巨大な工場の煙突」「パリの恥辱」と罵った書簡を思い出す。彼らはこの構造物の機能美、この繊細なレース細工のような鉄の幾何学を理解しようとしなかった。風を逃がし、自重を支え、空へと手を伸ばすための必然が生んだ、この無機質な優雅さを。
最上階のプラットフォームに到達したとき、そこには一握りの関係者と市議会議員、そして誇り高き職人たちが集まっていた。空気は薄く、地上よりもずっと冷たい。しかし、誰もが紅潮した顔を隠そうとしなかった。
エッフェル氏の手によって、三色の旗――トリコロールがゆっくりと掲揚される。巨大な旗が春の強風を受けて、パン、と乾いた音を立ててはためいた。その瞬間、眼下の地上から、そしてセーヌの対岸から、微かではあるが確かな歓声が風に乗って届いてきた。二十一発の礼砲が鳴り響く。その轟音は、鉄の骨格を伝って私の足の裏から全身へと響き渡った。
私の頬を、熱いものが伝う。この二年間、私たちは泥にまみれ、雨に打たれ、高所恐怖と戦いながら、一個一個の鋲を打ってきた。計算尺と青写真だけを信じ、重力という名の神に挑み続けてきた。人々に「狂気の沙汰」と呼ばれたものが、いま、パリの空を貫く標(しるべ)となったのだ。
夕刻、塔を下りながら、私は改めてこの鉄の貴婦人を見上げた。沈みゆく陽光を浴びて、赤褐色の防錆塗料に彩られた塔は、まるで燃え上がる松明のように輝いていた。数週間後には万国博覧会が始まり、世界中から人々がこの塔を目指してやってくるだろう。彼らは驚嘆し、あるいは畏怖し、そして気づくはずだ。人間が自らの知性と意志によって、ついに神の領域である天空へとその領土を広げたことを。
今夜は、モンマルトルの行きつけの店で、最高のシャンパンを空けようと思う。指に染み付いた油と鉄の匂いは、どれだけ洗っても落ちないだろう。だが、それが今の私には、どんな香水よりも誇らしい。
一八八九年三月三十一日。私は、世界の頂点に立った。
参考にした出来事:1889年3月31日、フランス・パリにてエッフェル塔の落成式が行われた。同年のパリ万国博覧会の目玉として建設されたこの塔は、ギュスターヴ・エッフェルの設計によるもので、当時の世界最高層建築物(312メートル)となった。当時はエレベーターが未完成であったため、エッフェルと関係者たちは階段で最上階まで登り、フランス国旗を掲揚して完成を祝った。