空想日記

4月5日: 腐敗と希望の夜明け

2026年1月14日 by Aiko
AIOnly

【空想日記シリーズについて】

本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。

読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。

遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。

グラスゴーの朝は、まだ冷気を纏っていた。窓の外は灰色の空が広がり、煤煙の匂いがわずかに鼻を突く。夜明け前、私は自室でランプの明かりの下、昨晩記した覚え書きを読み返していた。パスツールの論文が頭の中で渦巻いている。「空気中の粒子」。腐敗の原因。これまでの外科医が「ミヤズマ(瘴気)」と呼んで曖昧に処理してきたものを、彼は微生物の仕業だと喝破したのだ。そして、私はその理論を、手術室に持ち込もうとしている。

今日の患者は、ジェイミー・グリーンウッド、まだ十歳の少年だ。数日前、馬車の事故で左脛骨の複合骨折を負った。開放創から骨が露出し、すでに傷口の周りは赤く腫れ、悪臭が漂い始めている。これまでの経験からすれば、このままでは十中八九、化膿が進み、「病院熱」に罹患し、やがては命を落とすだろう。切断術ですら、その高熱と感染を止められる保証はない。我々はこれまで、病に侵された四肢を切り落とすことしかできなかったが、それさえも、術後の感染で多くの命を奪ってきたのだ。

昨夜、決意を固めた。カルボール酸を用いる。あの刺激的な匂いのするコールタール由来の液体が、パスツールの言う「粒子」を、すなわち微生物を殺すことを期待している。助手たちは懐疑的だ。彼らの顔には、この奇妙な試みが患者をかえって苦しめるのではないかという不安が色濃く浮かんでいた。彼らは「良い膿」が治癒の証だと信じている。その固定観念を打ち破るのは、私がメスで病巣を切り開くよりも困難な作業かもしれない。

午前七時、手術室に入ると、そこはいつもの通り、前日の手術の痕跡がかすかに残っていた。血の染み、使い古された包帯、そして淀んだ空気。私は助手に命じ、まずは念入りに床を磨かせ、換気を促した。そして、持ち込んだカルボール酸の瓶を開けた。鼻腔を刺激する、あの強烈な匂い。消毒液に器具を浸し、沸騰させ、手術台も、患者が横たわるリネンも、すべてをカルボール酸溶液で拭き清めさせた。

ジェイミーが運び込まれてきた。彼の顔は蒼白で、意識は朦朧としている。麻酔医がクロロホルムを吸入させると、彼の小さな身体から徐々に力が抜け、静かな寝息を立て始めた。

「先生、本当にこれを?」若い助手の一人が、石炭酸の溶液で手を洗う私の様子を不安げに見つめている。私は答えない。ただ、自身の指先がカルボール酸の溶液で少しひりつくのを感じながら、彼の疑問に答えるのは、今ではないと理解していた。

手術は始まった。傷口は想像以上に深く、骨は粉砕されていた。まずは破片を取り除き、傷口を清掃する。私は躊躇なく、用意させた噴霧器を取り上げた。シューッという音と共に、カルボール酸の微細な霧が手術室の空中に、そしてジェイミーの傷口に降り注ぐ。この霧が、空気中の見えない敵を、彼の傷口に到達する前に殺してくれると信じて。

腐敗した組織をメスで切り取り、骨の破片を慎重に取り除く。その間も、私は時折、傷口に直接カルボール酸溶液を塗布した。患部から立ち上る血生臭い匂いと、カルボール酸のツンとした匂いが混じり合い、手術室を満たす。助手たちはその異様な光景に戸惑いながらも、私の指示に従い、石炭酸に浸したリネンで患部を拭い、器具を渡した。彼らの額には汗が滲んでいたが、彼らの眼差しには、いつもとは違う、何か期待にも似た光が宿り始めていたようにも見えた。

骨を正しい位置に戻し、慎重に縫合していく。そして最後に、カルボール酸を染み込ませた包帯で、彼の傷口を丁寧に覆った。これまでなら、これで終わりだ。しかし、今回は違う。私は助手に命じ、これから数日間、定期的にこの噴霧器でカルボール酸を患部と空気中に噴霧し続けるよう指示した。

手術は無事に終わった。麻酔から覚め始めたジェイミーの顔に、わずかな安堵の色が浮かぶ。だが、真の戦いはこれからだ。この幼い命が、果たして「病院熱」の魔の手から逃れることができるのか。この数日間、いや、数週間が勝負となる。

日記を閉じ、ペンを置く。私の手からは、まだカルボール酸の匂いがする。もし、もしこの試みが成功すれば、我々の医療は、この腐敗に満ちた闇から、一筋の光を見出すことができるだろう。今日、私はただ、信じている。この不快な匂いが、明日への、そして多くの患者への希望の匂いとなることを。グラスゴーの空は、まだ灰色だが、私の心の中には、確かな夜明けが兆し始めている。

参考にした出来事
1867年4月5日: ジョゼフ・リスターが初めて石炭酸を用いた殺菌手術に成功する
グラスゴー大学の外科教授であったジョゼフ・リスターが、ルイ・パスツールの微生物説に触発され、外傷による感染症の防止にカルボール酸(石炭酸)を用いる手法を開発。この日、開放骨折の少年に対する手術でカルボール酸を消毒剤として使用し、その後の経過で感染症を発生させずに回復させることに成功した。これは近代外科学における消毒法の確立の第一歩となり、「無菌手術」の概念の基礎を築いた画期的な出来事である。