【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『神曲』(ダンテ) × 『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)
極北の氷原に閉ざされたコキュートスの如き沈黙が、その場所には満ちていた。空には星もなく、ただ無限の高さから垂れ下がる虚無の闇が、重りとなって亡者たちの肩にのしかかっている。そこは、かつて地上で己の欲情と傲慢を研ぎ澄ませた者たちが、自らの罪が紡ぎ出した重力によって泥濘に埋もれる場所であった。その血の池の底で、男――かつては冷酷な簒奪者として名を馳せたカンダタは、ただ一筋の「理(ことわり)」を求めて、出口のない永劫を彷徨っていた。
その時である。翡翠の天蓋にも似た極楽の蓮池から、一本の細い光が、地獄の湿った大気を切り裂いて降りてきた。それは蜘蛛の糸というにはあまりに鋭く、神の放った幾何学的な直線の如き峻烈さを備えていた。かつてカンダタが、森の湿地で小さな蜘蛛を殺さずに見逃したという、ただ一度の無意識の慈悲。その微かな記憶が、超越的な計算式を経て、今、救済という名の冷徹な力に変換されたのである。
カンダタは、その光の糸に縋り付いた。指先が触れた瞬間、地上のいかなる金属よりも硬質で、それでいて冬の月光のように冷ややかな感触が伝わってきた。彼は登り始めた。一段、また一段と、不可視の階梯を刻むように。
背後には、彼と同じく沈殿した無数の亡者たちが、声にならぬ呻きをあげながら積み重なっている。下を見れば、そこにはダンテが幻視したような、罪の重さに応じて区分けされた階層的な苦悶が広がっていた。美食に溺れた者は、今や自らの肉を貪り、金銭に執着した者は、決して動かぬ巨大な岩石に己の存在を押し潰されている。カンダタはそれらの情景を、冷めた優越感とともに眺めた。彼は今や、この地獄の秩序から逸脱し、垂直のベクトルへと魂を転向させた唯一の存在であったからである。
だが、登攀を続けるうちに、カンダタの胸中に奇妙な疑念が兆し始めた。この糸は、果たして彼をどこへ導くのか。翡翠の池に咲く蓮の花は、果たして救済の象徴なのか、それとも、更なる高次なる牢獄への入り口に過ぎないのではないか。彼はふと、背後の重みが不自然に増していることに気づいた。
振り返れば、そこには数千、数万の亡者たちが、彼の足首を掴み、あるいは糸の末端に鈴なりになって、必死の形相で這い上がってきていた。その光景は、あたかも一本の神経を伝って脳へ向かおうとする病原菌の群れのようでもあり、あるいは、一人の救済に縋らざるを得ない人間の「連帯」という名の呪いにも見えた。
「降りろ。これは俺の糸だ」
その言葉が唇を衝いて出ようとした瞬間、カンダタは悟った。この糸がなぜ、これほどまでに細く、かつ強靭であるのかを。この糸の強度は、登る者の「個」としての純粋さに依存している。他者を意識し、他者を排除しようとするその意志こそが、この幾何学的な救済の論理に亀裂を生じさせるのだと。
しかし、知性は理解しても、魂の根底に巣食うエゴイズムは制御を拒んだ。彼は叫んだ。
「この糸は、私一人のための権利だ! 貴様らのような醜い罪人たちが触れて良いものではない!」
その叫びは、ダンテが旅の果てに聞いた「三位一体の調和」とは真逆の、不協和音となって大気を震わせた。
刹那、物理的な破断の音はしなかった。ただ、カンダタの意識の中で、それまで彼を支えていた「垂直の論理」が、一瞬にして崩壊したのである。
糸が切れたのではない。糸が、カンダタという存在を「拒絶」したのだ。
カンダタの身体は、再び重力の支配下へと戻された。だが、その落下は以前のそれとは異なっていた。彼は今、ただ地獄へ落ちているのではない。救済の可能性を一度は手にし、それを自らの手で「他者への断絶」へと変換してしまったという、論理的必然としての深淵へ向かっているのである。
極楽の蓮池では、釈迦がその一部始終を、哀れみも怒りも抱かぬ透明な眼差しで見つめていた。釈迦にとっては、カンダタの落下も、蓮の花びらから零れ落ちる朝露も、等しく因果律の法則に従った現象に過ぎなかった。
カンダタが再び血の池の底に沈んだとき、そこにはもはや絶望すら存在しなかった。ただ、彼がかつて見逃した蜘蛛が、再び彼の鼻先を音もなく通り過ぎていった。カンダタは悟った。真の地獄とは、永遠の苦痛ではなく、「救済が論理的に不可能である」という完璧な証明を、永遠に見せつけられることなのだと。
天上では、蓮の花が風に揺れ、言葉では表現し得ないほど清浄な香りを放っていた。しかし、その香りを嗅ぐ者は、もはや地獄にも、そして天国にさえも、一人として存在してはいないのであった。