リミックス

肉塊の門

2026年1月15日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 甍の剥げ落ちた巨大な楼門の陰に、一台の馬車が、手負いの獣のように沈黙して立ち往生していた。
 空は低く垂れ込め、墨を流したような雲の間からは、絶え間なく冷たい驟雨が降り注いでいる。その雨は、都を焼いた戦火の灰と、逃げ惑う人々の吐息を吸い込み、粘りつくような湿り気を帯びていた。門の周辺には、餓死した者の死臭と、馬の排泄物の臭いが混じり合い、生理的な嫌悪を催させる重苦しい空気が停滞している。
 馬車の内部には、奇妙に不均衡な、しかし確固たる階級社会が凝縮されていた。
 上座には、かつての栄華をその肥満した肉体に辛うじて留めている絹商人の夫妻が、真珠色の顔色で座している。その隣には、経典を抱えながらも、その指先が空腹のために微かに震えている高徳の僧侶。そして、没落の影を深い皺に刻み込んだ、誇り高き元貴族の老紳士。彼らは皆、この戦乱と飢餓の地から逃れるべく、国境の向こう側にある安寧の地を目指していた。
 しかし、彼らの視線の先、車内の最も卑しい席には、一人の女が座っていた。
 彼女は、その職業ゆえに「肉塊」という隠語で呼ばれていた。豊満すぎる胸、不自然なまでに白い肌、そして生命力に満ち溢れた唇。彼女の存在そのものが、道徳を重んじる同乗者たちにとっては、唾棄すべき肉欲の象徴であり、同時に、この極限状態において奇妙なまでの眩しさを放つ「生命」そのものであった。
 馬車がこの門で足止めを食らっているのは、門を守る衛兵の冷酷な気まぐれによるものだった。衛兵は、通行証を検める代わりに、ある「供物」を要求した。それは、物理的な金銀ではなく、彼らの自尊心を粉砕するような、非道な提案であった。

「あの女を、一晩差し出せ。さもなくば、この門を通ることは許さん」

 衛兵が告げた言葉は、冷たい雨の音にかき消されることなく、車内の静寂を切り裂いた。
 当初、商人も、僧侶も、老貴族も、義憤に駆られたふりをした。彼らは、彼女の不潔な境遇を蔑みながらも、自分たちがその不潔な取引に加担することへの恐怖を抱いていた。しかし、時間が経つにつれ、胃袋の空洞が彼らの理性を浸食し始めた。空腹は、高邁な理想を安っぽい感傷へと変質させる。
 女は、膝の上に置いた籠の中に、唯一の食料を隠し持っていた。それは贅沢な乾肉と白パン、そして一本の古い葡萄酒だった。彼女は最初、それを同乗者たちに分け与えることを躊躇わなかった。商人たちは、彼女の卑しい素性を忘れ、獣のような勢いでその食料を貪り食った。彼らの喉を鳴らす音が、沈黙の中で卑屈に響く。
 腹が満たされると、彼らの心には、自らを救った「肉塊」への感謝ではなく、奇妙な逆恨みが芽生え始めた。彼女が食料を持っているという事実は、彼女がいかに「手慣れた」準備をしていたか、いかに「打算的」であるかの証拠として解釈された。
 僧侶が、低い声で説法を始めた。
「犠牲とは、自己の魂を浄化する唯一の手段である。一人の迷える羊が、多くの尊い命を救うために身を捧げる。それは罪ではなく、むしろ神への近道と言えよう」
 商人の妻は、扇で鼻を覆いながら同意した。
「彼女のような者は、もともとそのために身体を売って生きてきたのでしょう。今更、何を惜しむことがあるのかしら」
 彼らの言葉は、論理の外套を纏った剥き出しのエゴイズムであった。彼らは、自分たちの生存を正当化するために、女を「聖女」の座へと無理やり押し上げ、同時に「汚物」として再定義した。
 女は、黙って彼らの言葉を聞いていた。彼女の瞳には、かつて羅生門の楼上で老婆の髪を毟った男のような、冷徹な覚悟が宿り始めていた。生きるためには、善悪の境界などというものは、この雨に打たれる泥濘のように脆いものだ。
 数刻後、彼女は立ち上がった。彼女の動きは、儀式へ向かう巫女のように静謐であった。彼女が馬車を降り、衛兵の待つ詰所へと消えていく姿を、同乗者たちは、祈るような、あるいは嘲笑うような沈黙で見送った。

 翌朝、雨は止んでいた。
 門は開かれ、馬車はゆっくりと動き出した。車内には、昨夜までの重苦しい空気とは異なる、どこか晴れやかな、しかしどこまでも空虚な空気が漂っていた。
 女は、再び元の席に座っていた。その表情は死人のように動かず、乱れた衣類だけが、夜の凄惨さを物語っていた。
 商人は、再び自分の権威を取り戻したかのように、これ見よがしに朝食の残りを取り出した。僧侶は静かに数珠を繰り、老貴族は窓の外の景色を眺めて、昨夜の出来事など初めからなかったかのように振る舞った。
 彼らはもう、女に言葉をかけることはなかった。彼女は、彼らの命を救った恩人ではなく、彼らの良心を汚した「不快な記憶」そのものへと変貌していた。
 馬車が門を完全に通り抜け、街道へと出たとき、一羽の大きな鴉が、楼門の頂から羽ばたいた。
 その時、商人の妻が、不意に悲鳴を上げた。
「ああ、私の指輪が! あの不潔な女が、夜のうちに盗んだに違いないわ!」
 その言葉を合図に、車内の空気は一変した。彼らは、堰を切ったように女を罵倒し始めた。
「恩を仇で返すとは、やはり卑しい血筋だ」
「聖なる犠牲などと言って損をした。ただの泥棒猫ではないか」
 彼らは、自分たちの非道さを打ち消すために、女を「絶対的な悪」に仕立て上げる必要があった。女が盗んだという証拠などどこにもなかった。指輪は、ただ彼女の肥満した指から滑り落ち、馬車の隙間に挟まっていただけかもしれない。しかし、そんな事実は今の彼らには不都合だった。
 彼らは女を取り囲み、その衣服を剥ぎ、唯一の所持品であった空の籠を窓から投げ捨てた。女は、一切の抵抗をしなかった。ただ、その瞳に宿った冷たい光が、彼らの浅ましい魂を射抜いていた。
 ついに、商人は怒りに任せて女を馬車から突き落とした。
「消えろ! 汚らわしい肉塊め!」
 泥濘の中に転がった女を置き去りにして、馬車は速度を上げて走り去った。

 女は、ぬかるみの中でゆっくりと上体を起こした。
 遠ざかる馬車の轍を見つめながら、彼女は不意に、忍びやかな笑いを漏らした。
 彼女の指先には、商人の妻が必死で探していた指輪ではなく、先ほどの騒乱の最中に僧侶の懐から抜き取った、黄金の十字架が握られていた。
 彼女はそれを泥で拭い、薄汚れた唇で接吻した。
 彼女を聖女として利用し、汚物として捨てた者たちは、今や「救われた」という幻想を抱いて、新しい世界へと向かっている。しかし、彼らが辿り着く先にあるのは、安寧ではない。
 なぜなら、彼女は衛兵との一夜の取引で、自分の身体を売ったのではなかったからだ。
 彼女は、衛兵に一つの「真実」を教えたに過ぎなかった。
「あの馬車に乗っている連中は、都で流行している疫病に冒されています。彼らを通せば、この国は滅びるでしょう」
 衛兵が彼女を抱いたのは、欲望のためではなく、死への恐怖を紛らわせるための、自暴自棄な儀式だった。
 女は立ち上がり、泥にまみれた身体で、誰もいない門の方へと歩き出した。
 彼女の背後では、国境の向こう側から、疫病の発生を告げる鐘の音が、皮肉なほど高らかに響き渡り始めていた。
 彼女が差し出したのは肉体ではなく、彼らの「未来」そのものだったのである。
 門の上では、鴉が冷笑するように鳴き、再び降り始めた雨が、すべての罪を隠すように、静かに大地を濡らしていった。