【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
今朝は冷え込みが緩んだとはいえ、どこか張り詰めた空気が街を覆っていた。普段ならまだ眠っている時間だというのに、アパートの窓から見下ろす通りはすでに人でごった返している。皆、同じ方向、そう、あのそびえ立つ鋼鉄と石の怪物を目指して歩いているのだ。昨夜は興奮でほとんど眠れなかった。シカゴの大工だった父が常々言っていた。「人間が何かを造り出す時、そこには魂が宿る」と。だが、今の俺には、その魂がどこにあるのか、定かではない。
手持ちの小銭で買ったコーヒーは、紙カップ越しにも熱が伝わってきて、凍える手にいくらか温かみをくれた。コーヒーの苦みと、街中に漂う車の排気ガス、そして安物のホットドッグの匂いが混じり合う。フランクリン通りから西へ、4番街を北上する人波に身を任せていると、遠く、鉛色の空を切り裂くように、あの姿が輪郭を現した。エンパイア・ステート・ビルディング。畏敬の念を抱かざるを得ない、あの圧倒的な高さ。
人々は歓声をあげ、帽子を振り、誰かがラッパを吹き鳴らした。普段は無表情なニューヨークの顔が、この時ばかりは興奮に高揚している。しかし、俺はただ立ち尽くし、それを見上げた。かつては俺も、この街の片隅で、小さな住宅の改装や店先の修理に汗を流していた。だが、景気は地獄の底へ落ちた。職は失い、貯金は尽き、妻も子供も、遠い故郷へと帰らざるを得なかった。この巨大な建築物は、そんな俺たちの生活とはあまりにかけ離れた、別世界の存在のように思えた。
警官たちが群衆を整理しているが、その努力もむなしく、道は人で埋め尽くされている。遠く、ビルの入り口付近では、真新しいリムジンが何台も停まっているのが見えた。きっと、この大事業に資金を投じた、金持ちの投資家たちや、高官たちなのだろう。彼らは胸を張り、カメラのフラッシュを浴びているに違いない。だが、この建物の礎を築き、鋼鉄を組み上げ、石を積み上げた、何千人もの労働者たちはどこにいる?彼らもまた、今日という日を、特別な思いで迎えているのだろうか。それとも、賃金をもらい、また次の仕事を探す、日常の延長としか思っていないのか。
正午が近づき、セレモニーが始まったらしい。はるか上空から、微かなスピーチの声が風に乗って届く。よく聞き取れないが、きっと、国の繁栄や、未来への希望が語られているのだろう。そんな言葉の響きは、今日の俺の心には、虚しく響くだけだった。だが、その時、奇妙な静けさが訪れた。そして、空を覆う雲の切れ間から、一筋の光がビルの頂点に落ちた。その瞬間、最上階の窓々が一斉に、まるで生きているかのように輝き始めたのだ。
誰もが息を呑んだ。まるで、神がこの地に降臨し、この建物に命を吹き込んだかのような荘厳さだった。それは、ワシントンにいる大統領が、ボタンを押して光を点灯させたという、単なる事実を超えた光景だった。人々は再び歓声をあげた。今度は、先ほどまでのただの興奮とは違う、もっと深い、心の底から湧き上がるような、希望に満ちた叫びだった。
俺もまた、その光を見つめた。あの輝きの中に、確かに何かを感じた。それは、この街が、この国が、どんな苦境にあろうとも、決して諦めないという、人々の強い意志の現れなのかもしれない。この巨大な建造物は、ただの鋼鉄と石の塊ではない。それは、苦難の時代に、それでも立ち上がろうとする、人間の不屈の精神そのものなのだと。
夕暮れ時、街の明かりが灯り始め、ビルの最上階の光は、夜空の星のように瞬いている。人波は少しずつ引いていったが、誰もがその顔に、今日という日の特別な感慨を宿しているようだった。俺は、冷え切った両手をポケットに突っ込み、家路についた。明日から、また職探しの日々が始まる。だが、今日のあの光景は、きっと俺の心に深く刻まれた。いつか、俺もあの光の届く場所で、再び自分の手で何かを築き上げられる日が来るのだろうか。この大不況の嵐が去り、あのビルが、本当に希望の象徴となる日が、きっと来る。そう信じて、俺は前を向いた。
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参考にした出来事
1931年5月1日:ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルディングが落成。この日、ハーバート・フーヴァー大統領(当時)がワシントンD.C.からボタンを押すことで、ビルの照明が点灯され、公式にオープンした。世界恐慌のさなかの完成であり、その壮大な規模と短期間での建設は、アメリカの技術力と経済的野心の象徴とされた。