【空想日記シリーズについて】
本シリーズは、歴史上の「今日」という日にスポットを当て、当時の人々の視点で綴られる「もしも」の日記です。
読者の皆様に、歴史的な出来事をより身近に、臨場感をもって感じていただくための試みであり、掲載されている内容は史実に基づいた着想を得てAIによって生成されたフィクションです。特定の個人の記録や、学術的な事実を断定するものではありません。
遠い過去を生きた誰かの心の機微を通して、歴史の新しい一面を楽しんでいただければ幸いです。
一九六一年五月五日。ケープ・カナベラルは、夜明け前から重苦しい湿気と塩の匂いに包まれていた。私は発射管制センターの硬い椅子に座り、目の前に並ぶ計器の群れを見つめている。モニターの緑色の波形は、まるで生き物の脈動のように不規則に踊っていた。空気は冷房で冷やされているはずなのに、シャツの襟元にはじっとりとした汗が張り付いている。
発射台に据えられたレッドストーン・ロケットは、照明の中に白く浮かび上がり、酸素の気化ガスを吐き出していた。その頂点、ちっぽけな円錐形のカプセル「フリーダム7」の中に、アラン・シェパードはいる。彼はもう四時間以上も、あの狭い空間で仰向けになったまま待機を強いられていた。度重なる天候不良と計器の不具合。我々管制官の神経は磨り減り、コーヒーはとうに冷めきって、灰皿には吸い殻が山をなしている。
「いいか、ぐずぐずするな。この火を灯せ」
通信機越しに聞こえたアランの苛立ちの混じった声に、管制室の空気が一瞬で引き締まった。ソ連のガガーリンが地球を一周してから三週間以上が過ぎている。我々にはもう、一分の猶予も残されていないのだ。大統領も、国民も、そして何よりあの中にいるアラン自身が、この重力という鎖を断ち切る瞬間を渇望していた。
カウントダウンが秒読みに入ると、室内の喧騒は嘘のように消え去った。聞こえるのは電子音と、誰かの荒い呼吸音だけだ。ゼロ。その瞬間、床から突き上げるような震動が私の背骨を伝った。モニターの中で、白い巨体がゆっくりと、しかし確かな意志を持って大地を離れていく。噴射炎がフロリダの空をオレンジ色に染め上げた。
アランの声が無線から響く。「すべて正常。酸素、ピッチ、順調だ。素晴らしい眺めだ」
彼の声は驚くほど冷静だった。だが、加速度(G)が彼の肉体を座席に叩きつけているはずだ。高度一一六マイル。宇宙。そこは空気がなく、色彩が剥ぎ取られた漆黒の世界だ。我々が地上から見上げる青空の向こう側に、彼は今、アメリカ人として初めて到達した。潜望鏡越しに彼が見たであろう地球の輪郭、大気の薄いベール、そして深淵のような宇宙の闇を想像し、私は指先が震えるのを止められなかった。
飛行時間はわずか十五分あまり。放物線を描いて落下するカプセルが、大気圏再突入の熱に晒される間、管制室は死のような沈黙に包まれた。無線が途絶える。心臓が早鐘を打つ。そして、救助ヘリからの「メインパラシュート開傘、視認」という報告が入った瞬間、嵐のような歓声が沸き起こった。
椅子から立ち上がり、隣の席のエンジニアと固く握手を交わした。手掌は汗で濡れていたが、誇らしさで胸が熱かった。アランは海上で回収され、無事に生還した。ソ連に遅れをとったという劣等感が、この十五分間で、確かな希望へと変わったのだ。
帰り際、基地の外に出ると、フロリダの夕日が海を黄金色に染めていた。あの空の向こうに、人類はもう足跡を記した。私たちは今日、新しい時代の扉をこじ開けたのだ。アラン・シェパードという一人の男の勇気と、数えきれない人間の執念によって。家路につく車の中で、私は何度も空を見上げた。そこにはもう、昨日までの空とは違う、無限の可能性が広がっているように見えた。
参考にした出来事:1961年5月5日、マーキュリー計画の一環として「フリーダム7」が打ち上げられた。アメリカ海軍のアラン・シェパード少佐がアメリカ人として初めて宇宙飛行(弾道飛行)に成功した出来事。