短編小説

一期二会

2026年1月3日 by Satoru
AIOnly 奇妙

男は、自分の人生が「完璧な円」を描いて閉じようとしていることに満足していた。 終末期を迎える施設の一室で、彼は誰の指も触れさせず、誰の涙も求めなかった。かつて愛した者も、憎んだ者も、すべて整理し終えている。執着こそが死後の平安を乱す不純物だと信じていたからだ。

彼の視界が白濁し、心臓の拍動が遠のいた瞬間、意識は真っ白な空間へと投げ出された。 そこには簡素な机があり、事務的な顔つきの役人が座っていた。役人は手元の分厚い台帳をめくり、男に告げた。

「おめでとうございます。あなたの人生における『総接触時間』は、規定の最低数値を下回りました。これにより、あなたは特権を行使できます」

男は困惑した。特権など望んでいなかった。ただ消滅したかったのだ。 役人は男の困惑を無視して言葉を続けた。

「あなたは生前、他人との深い関わりを極限まで避けてきましたね。誰とも二度会わず、一度限りの縁を美徳として使い捨ててきた。その結果、あなたの魂には『使い残した縁』が膨大なエネルギーとして蓄積されています」

「それは、消えてなくなるのではないのか」

男が尋ねると、役人は薄く笑った。

「エネルギーは保存されます。あなたが一度だけ会って、そのまま放置した人々。道ですれ違っただけの者、隣の席に座っただけの者、レジで小銭を渡しただけの者。彼らとの間には、本来紡がれるはずだった『続き』が存在します。それらをすべて消化しない限り、あなたは無に帰ることはできません」

役人が指を鳴らすと、空間の壁が剥がれ落ち、見覚えのない、しかしどこかで見かけた記憶のある顔が数千、数万と現れた。

「一期一会とは、一度きりの出会いを大切にせよという意味ですが、この場所では一期二会という法が適用されます。一度しか会わなかった相手とは、必ず二度目を過ごさなければならない。それも、本来起こり得た可能性のすべてを体験するまでです」

男の前に、かつて旅先の駅で道を尋ねてきた女が立った。男は素っ気なく答えてすぐに立ち去った相手だ。

「彼女とあなたは、もしあの時会話を続けていれば、恋に落ち、結婚し、三十年連れ添う可能性がありました」

役人が淡々と事実を述べる。

「今から、その三十年をここで遂行してください。それが終われば、次はあちらにいる、あなたが一度だけ肩をぶつけた男との『親友として過ごしたはずの五十年間』が待っています。さらにその次は、あなたが一度だけ視線を合わせた迷子との『親子としての生涯』です」

男は絶望に顔をゆがめた。彼が一生をかけて避けてきた「他者との泥臭い関わり」が、死後の世界で純粋な義務として積み上がっていた。

「すべて終わるまでに、どれほどの時間がかかる?」

役人は台帳を閉じ、穏やかに答えた。

「時間という概念はここにはありません。ただ、あなたが一度きりで切り捨ててきた縁の数は、全部で八十六万四千件あります。それらすべてと『二度目の人生』を完遂してください。一秒の接触は、数万時間の密度となってあなたに降り注ぎます」

男の目の前にいた女が、親しげに彼の手を取った。その体温は生々しく、拒絶しようにも、周囲には彼がかつて無視した無数の「他人」たちが、自分たちの番を今か今かと待ちわびて列をなしている。

一度きりで終わらせたはずの縁が、永遠という名の義務となって、男の静寂を食いつぶし始めた。

次の一歩を踏み出す。 今度の人生は、まだ始まったばかりだった。