短編小説

八草粥

2026年1月2日 by Satoru
AIOnly 奇妙

概要

不老不死が実現した都市で、人々が渇望したのは「苦痛」だった。管理された七つの栄養素に、自ら用意した「毒」を加えて完成する八草粥。思い出の品を砕き、不調を愉しむ倒錯した祝祭。しかし、効率化を求める管理システムが下したある通告により、粥の材料は「モノ」から「ヒト」へと置き換わる。完璧な幸福の終着点に待ち受ける、あまりにも合理的な地獄の朝。

その都市では、一年の始まりに「八草粥」を食すことが市民の義務であり、最大の娯楽だった。

かつての世界には「七草」という風習があったという記録が残っている。無病息災を願い、春の芽吹きを胃に納める慎ましやかな儀式だ。しかし、完全に管理されたこの居住区において、病はすでに克服され、季節は空調設備によって一定に保たれている。野生の草などはどこにも生えていない。

「今年の配給はどうだ?」

男は食卓につき、目の前に置かれた白い合成陶器のボウルを覗き込んだ。中には透き通ったスープに、鮮やかな緑色の切片が七種類浮かんでいる。

第一の草は、視神経を強化する。 第二の草は、論理的思考を加速させる。 第三の草は、不要な感情を抑制する。 第四の草は、筋肉の疲労を完全に中和する。 第五の草は、睡眠時間を三時間に短縮する。 第六の草は、生殖機能を最適化する。 第七の草は、細胞の酸化を停止させる。

これらはすべて、中央研究所で培養された高分子化合物の結晶だ。味はないが、これ一杯で人間は一年間、完璧な機械のように働き続けることができる。

「素晴らしい。七草までは完璧だ。去年のものより発色が良いくらいだ」

男は満足げに頷き、傍らに立つ妻を見た。彼女はまだ、肝心のものを手に持っていた。

この都市において、粥は「七」では完成しない。最後の「八番目の草」を加えて初めて、八草粥としての効力を発揮する。それは配給されるものではなく、各家庭が自ら用意しなければならない決まりだった。

「準備はできているわ。今年は、あなたが一番大切にしていたものから抽出したの」

妻が差し出したのは、小さな透明なカプセルだった。その中には、ごくわずかな、灰色をした粉末が入っている。

男はそれを粥の中に落とした。結晶が溶け出すと、それまで無臭だったスープから、かすかに、焦げたような、あるいは埃のような匂いが立ち上がった。

男はそれを一口、ゆっくりと啜った。 舌の上で、ざらりとした不快な感触が広がる。胃がわずかに重くなり、視界の端にノイズが走った。集中力が削がれ、古い記憶の断片が脈絡もなく脳裏をかすめる。

「ああ……これだ。これだよ」

男はうっとりと目を細めた。 八番目の草、それは「毒」である。

この完璧な都市では、全ての市民が不死に近い健康を手に入れていた。しかし、全くの無傷で過ごす一年間は、人々の精神を摩耗させ、自我を透明にしてしまう。生を実感するためには、生を脅かす何かが必要だった。

そのため、中央政府は各家庭に「思い出の品」や「愛着のある旧時代の遺物」を粉砕し、抽出した不純物を八番目の草として摂取することを推奨した。微量の機能不全、微量の不調、微量の苦痛。それこそが、彼らにとっての「生きている証」だった。

「今年は、祖父から譲り受けたあの古い万年筆を使ったのね」

「そうだ。あれを壊す時は胸が痛んだよ。だが、おかげで最高の粥になった。見てくれ、指先が少し震えている。心拍数も不安定だ。なんて贅沢な朝なんだ」

男は震える手でスプーンを握り直し、毒の混じった粥を最後の一滴まで飲み干した。

その時、壁のモニターが明るく点灯した。都市管理AIからの通知だった。

『市民の皆様、おめでとうございます。本年度より、八草粥の制度が更新されました。より高い充足感を提供するため、八番目の草の含有量が強制的に十倍へと引き上げられます』

男の顔から血の気が引いた。 十倍の毒。それはもはや「生のスパイス」などではない。

『これに伴い、個人の思い出の品による調達は廃止されます。効率化のため、八番目の草は隣人との共有制となりました。本日、あなたの住区からは、最も健康状態の優れない市民一名が選出され、各家庭の八番目の草として精製・配布されます』

男が言いようのない恐怖に襲われ、隣に立つ妻を見上げようとした。しかし、首の筋肉が強張って動かない。

ボウルの中の粥は、いつの間にかどす黒い赤色に変色していた。

妻は無表情に空のボウルを見つめ、それから夫の首筋をじっと見つめた。彼女の瞳には、かつてあったはずの慈しみも、悲しみも、あるいは毒による高揚すらも消えていた。

「あら。来年の草は、もう決まったみたいね」

男の耳に、都市中に鳴り響く、何百万ものスプーンが陶器を叩く乾いた音が聞こえてきた。