リミックス

冥府の回廊、あるいは光の墓碑銘

2026年1月11日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

断崖は、神がこの地上を剪定した際に残した、巨大な剃刀の刃のようであった。

極北の地に聳える「青の絶壁」は、二つの王国を永久に隔絶し、人々の往来を拒み続けてきた。片方には、かつて栄華を極めたが今は退廃の泥濘に沈む旧帝国があり、もう片方には、未開ながらも豊穣な大地を約束された新天地が広がる。しかし、その間を繋ぐ道は、荒れ狂う海に面した幅わずか数十センチの、死の細道しかなかった。

その絶壁の中腹、岩を穿つ単調な音が、二十年の歳月を刻み続けていた。

エドモン・蓮三郎。かつて旧帝国の近衛騎士として、また一族の誇りとして生きた男は、今や岩塵にまみれた獣のような姿で、ただ一本の鑿を振るっていた。彼は若き日、権力闘争の渦中で親友を裏切り、その許嫁を奪い、富を手に入れた。しかし、その果てに手にしたのは、腐敗した孤独と、自らの魂が腐っていく異臭だけだった。彼はある夜、自らのすべてを捨てて出奔し、この「青の絶壁」に辿り着いた。誰に命じられたわけでもない。ただ、この岩壁を貫き、名もなき民が海に落ちて死ぬことのない「救いの道」を拓くこと。それが彼の課した、終わりのない受難であった。

二十年。その歳月は、彼の肉体からかつての優雅さを削ぎ落とし、鋼のような筋肉と、岩石と見分けのつかない無感情な瞳を与えた。

「その鑿を置け、エドモン。地獄の番人が迎えに来たぞ」

洞窟の入り口に、一人の男が立っていた。
完璧な裁断の外套を纏い、月光を反射する銀の杖を携えたその男は、あまりにもその場に不釣り合いだった。男の名はジュリアン。エドモンがかつて裏切り、死に追いやった親友の息子である。ジュリアンは、父を失った後に遠方の親族に引き取られ、莫大な遺産と冷酷な知性を継承した。彼は人生のすべてを、父を破滅させた男への復讐に捧げていた。

エドモンは振り返りもせず、岩肌に鑿を突き立てた。
「あと三尺だ」
「何だと?」
「あと三尺で、この岩壁は貫通する。光が向こう側から差し込む。お前が私を屠るのは、その後にしてくれ」

ジュリアンの口元に、冷ややかな嘲笑が浮かんだ。
「二十年かけて岩を弄んだ報いが、死を数分先延ばしにすることか。貴様がこの地で聖者の真似事をしているという噂は聞いていた。だが、私にとって、貴様が救う一万の命より、貴様が奪った父の一つの命の方が重い。この復讐は、数学的必然だ」

「ならば、手伝うがいい」エドモンは、掠れた声で言った。「お前がその洗練された手で鑿を握れば、私の死はそれだけ早く訪れる。復讐の果実を、より早く味わうことができるぞ」

ジュリアンの瞳に、暗い炎が灯った。彼は侮蔑を込めて外套を脱ぎ捨て、エドモンから重い槌と鑿を奪い取った。エドモンは崩れるように横たわり、血を吐きながらも、その作業を見つめていた。

ジュリアンは岩を打った。一度、二度。
初めは、エドモンを早く殺したいという憎悪がその腕を動かしていた。しかし、岩石の硬度は絶望的であり、一打ちごとに火花が散り、その衝撃は腕の骨を軋ませ、脳髄を揺さぶった。一時間、二時間。洗練された指先はすぐに潰れ、鮮血が柄を濡らした。

夜が明け、太陽が昇り、再び沈む。
ジュリアンは気づけば、復讐という目的を忘れ、ただ目の前の「冷酷な石」を打ち負かすことに没頭していた。彼がこれまで築き上げてきた富や策略、緻密な復讐計画は、この無言の岩肌の前ではあまりに無力で、虚飾に満ちていた。岩を穿つという行為は、思考を排し、存在の根源を削り出す儀式だった。

傍らで死を待つエドモンは、もはや敵ではなかった。共にこの巨大な虚無に立ち向かう、唯一の同志へと変貌していた。ジュリアンの心の中にあった「復讐の物語」は、物理的な疲労と岩石の質量によって、砂のように崩れ去っていった。

「見ろ……」
三日目の朝、エドモンが囁いた。

ジュリアンの振るった一撃が、岩の奥底で乾いた音を立てた。一筋の光。それは針の穴のような小ささだったが、闇に慣れた彼らの眼には、あまりに眩い世界の産声に見えた。
ジュリアンは狂ったように残りの壁を砕いた。轟音と共に岩塊が崩落し、潮風が洞窟内を吹き抜けた。

向こう側に広がっていたのは、黄金色の朝日を浴びた、果てしない水平線だった。
「道が、通じた……」
ジュリアンは、血まみれの鑿を落とした。彼は、自らが成し遂げたことの重みに震えていた。これは、父を殺した男への復讐ではなかった。彼は、自らの手で、父が夢見たかもしれない「新しい世界への扉」を開いてしまったのだ。

「さあ、約束だ。私を殺せ」
エドモンは、光の中で静かに跪いた。その顔には、二十年目にして初めて、穏やかな微笑が浮かんでいた。

ジュリアンは腰の短剣を抜いた。その刃は、かつてエドモンが父を刺したものと同じ意匠を施させた、特注の復讐の道具だった。ジュリアンは短剣を振り上げた。論理は完成していた。加害者が罪を贖い、被害者が正義を執行する。これこそが、彼が長年夢見た完璧な結末のはずだった。

しかし、ジュリアンの腕は動かなかった。
彼は気づいてしまった。この二十年間、自分を支えていたのは「エドモンへの憎悪」という名の生への執着だった。今、目の前にいるのは、憎むべき仇敵ではない。共に光を穿ち、自らの人生の空虚さを共有した、魂の片割れである。

もしここでエドモンを殺せば、ジュリアンに残されるのは、岩を穿つ術も知らぬ、血に汚れた孤独な自分だけだ。エドモンを殺すことは、この開通したばかりの「光の道」を、再び自らの手で閉ざすことに等しかった。

「……できない」
ジュリアンは、短剣を崖下へと投げ捨てた。
「お前を殺せば、私の二十年もまた、この岩屑と同じ無価値なものになる。生きて、この道を通り過ぎる人々を見届けろ。それが私の、お前への復讐だ」

エドモンは目を見開き、そして深く頭を垂れた。
「慈悲か……。それこそが、最も過酷な刑罰だ」

二人は、開通したばかりの洞窟の出口に立ち、寄り添うようにして光り輝く海を眺めた。
だが、その時である。

旧帝国の側から、地を這うような重低音が響いてきた。
それは歓喜の声ではなかった。軍靴の響きと、錆びた鉄の軋む音。
開通したばかりの道を真っ先に通ったのは、救いを求める民ではなかった。新天地の資源を掠奪せんとする、旧帝国の軍隊であった。エドモンが二十年かけて穿った救いの道は、皮肉にも、平和な大地を蹂躙するための、完璧な「侵略の回廊」へと成り果てたのである。

軍旗が翻り、先遣隊の騎兵が洞窟に雪崩れ込んでくる。
彼らは、ボロを纏った老人と、血まみれの貴公子を、路傍の石ころのように蹴散らした。

「ああ……なんということだ」
エドモンは、自らが穿った光の穴を呆然と見つめた。
彼が人生を捧げて築き上げた「善」は、その完成の瞬間に、最悪の「悪」を招き入れる門となった。論理的必然として。この世に空白が生じれば、そこには必ず、より強大な力が流れ込む。彼は岩を穿つことにのみ執着し、その先に待つ人間の業を計算に入れていなかった。

ジュリアンは、押し寄せる兵士たちの波の中で、狂ったように笑い出した。
「見ろ、エドモン! これが我々の完成させた傑作だ! 私は父の仇を許し、お前は己の罪を購った。その清らかな魂の交換の結果が、この地獄の幕開けだ!」

二人は、押し寄せる軍勢に踏みにじられながら、岩肌に刻まれた自らの手跡を見つめていた。
救済の意志が破滅を呼び込み、復讐の放棄が更なる虐殺を許容する。
神の沈黙の中で、ただ一つ確かなことは、彼らが穿ったその道が、あまりにも見事に、そして残酷なまでに真っ直ぐに、彼方へと続いていたことだけだった。

「青の絶壁」に、風が吹き抜ける。
かつてそこにあった絶望的な壁よりも、今は、開かれた道の方がはるかに恐ろしかった。