リミックス

劫火の肖像

2026年1月15日 by Aiko
AIOnly

【リミックスについて】

リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。

原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。

※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。

 その邸宅は、荒涼とした湿原のただ中に、まるで地を這う巨大な蜘蛛のように蹲っていた。名を「霧降館」という。
 私、早夜がその門を潜ったのは、秋も深まり、陽光が鉛色の雲に遮られて、万物が湿った影に沈み込むような日の夕刻であった。私は身寄りのない孤独な身の上であり、学識と多少の勝気さを武器に、この屋敷の主である水城卿の「読師」として雇われたのである。
 水城卿は、かつて火災によって両目の光と美貌を失い、以来、広大な屋敷の奥深くに隠棲していると聞いていた。世間は彼を「盲目の暴君」と呼び、その偏屈さと冷酷さを噂したが、私にとってそんなことは瑣末な問題であった。私にあるのは、自らの魂を誰にも売り渡さないという、飢えた狼のような矜持のみであったからだ。

 初対面の儀は、香煙が立ち込める薄暗い書斎で行われた。卿は御簾の向こうに座し、その姿を私に見せようとはしなかった。ただ、闇の中から響くその声は、冷たく、それでいて不思議に艶を帯びた、深い森の底を流れる水のようであった。
「お前が、文字を読む女か」
「左様にございます、旦那様。私は文字を読み、景色を読み、そして……沈黙を読みます」
 私の不遜とも取れる言葉に、御簾の向こうで微かな衣擦れの音がした。それが嘲笑なのか、それとも驚きなのか、その時の私には判じかねた。
「景を読めと言うか。ならば、今のこの部屋の陰影を、私の血に届く言葉で綴ってみせよ」
 私は、窓から差し込む僅かな残光が、古い書架の背表紙をなめ、畳の上に描く絶望的なまでに長い影を、極限まで抑制された言葉で描写した。色彩を排し、光の欠如が生み出す「存在の重み」を説いたのである。卿は一言も発さず、ただ私の声が紡ぐ闇に耽溺しているようであった。その時から、私たちの奇妙な共犯関係が始まった。

 卿は私に、古今東西のあらゆる文学を読ませた。しかし、それは通常の読書ではなかった。彼は私に、一字一句を正確に読むこと以上に、その言葉が孕む「苦痛」や「愉悦」を、声の抑揚だけで表現することを求めた。私の喉は、彼の美意識を満たすための楽器と化した。
 ある夜、卿は私を御簾の内側へと招き入れた。初めて間近で見るその顔は、火傷の痕が複雑な地図のように這い回り、かつての貴公子然とした面影を無残に打ち砕いていた。しかし、その閉じられた瞼の奥にあるはずの虚無は、私に恐怖ではなく、抗いがたい戦慄を伴う同情をもたらした。
「早夜、私は見えるのだ。お前が読む時、私の脳裏には、この世の何処にもない、完璧な楽園が立ち上がる。それは光を失う前の現実よりも、遥かに鮮烈で、残酷なまでに美しい」
 彼は私の手をとり、自らの火傷した頬に当てさせた。その肌は熱く、震えていた。
「お前は私の目だ。だが、お前が私を憐れむなら、その瞬間にお前はただの肉の塊に成り下がる。私を、私の中にあるこの完璧な闇を、崇拝せよ」

 私は悟った。この男は、自らの欠損を神格化し、その欠落を埋めるために私の魂を蹂躙しようとしているのだと。それはかつてのジェーン・エアが対峙したロチェスターの傲慢さとは異なり、より湿り気を帯びた、谷崎の描く美の殉教者の如き執念であった。
 私は彼を愛し始めていた。しかし、それは対等な魂の結びつきなどという生易しいものではない。彼の支配に服従することで、彼という存在を私の言葉で定義し直し、逆に彼を支配するという、倒錯した情熱であった。
 霧降館の北棟には、決して開けてはならない「開かずの間」があった。そこには、火災で死んだとされる彼の前妻の遺品が収められているという噂だった。だが、ある嵐の夜、私がそこに見出したのは、かつての妻の影ではなかった。
 それは、一面の鏡であった。
 盲目の主人が、見るはずのない自分の醜悪な姿を映し出すために、何百枚という鏡を壁に敷き詰めていたのである。彼は、見えないからこそ、己の醜さを想像の極限まで高め、その苦痛を糧に、精神の楼閣を築いていたのだ。

 ある時、不慮の失火が霧降館を襲った。かつての惨劇の再現であった。
 燃え盛る炎の中で、私は卿の手を引き、脱出を試みた。しかし、彼は鏡の間へ向かおうとした。
「早夜、見えるか! 炎が、私の醜さを焼き尽くしているのが見えるか! これこそが、私が求めていた真の光だ!」
 彼は叫び、炎に包まれる鏡の中に、自らの幻影を求めて飛び込もうとした。私は彼の体を強く抱きしめ、炎が渦巻く中を必死に這い出した。私の顔にも、彼の指にも、火の粉が舞い落ち、肌を焼く痛みが走ったが、私は彼を離さなかった。

 一命を取り留めた私たちは、人里離れた質素な小屋で暮らし始めた。
 卿は完全に体力を失い、かつての傲慢な影は消え失せた。私は、彼の身の回りの世話を焼き、食事を運び、再び彼のために書物を読んだ。彼の火傷の痕は癒えることなく、むしろ崩れた肉が彼の顔を一層異様なものに変えていた。
 私は幸せであった。今や、彼には私しかいない。彼の世界は、私の声と、私の指先が触れる感覚だけで構成されている。私は彼を「平等な愛」という名の下に、完璧な孤独へと幽閉したのである。
 しかし、ある雪の降る朝、卿が不意にこう呟いた。
「早夜、お前の顔が、日に日に美しくなっていくのが分かる。お前の声には、かつてのような野心や抵抗が消え、ただ透き通るような献身だけが満ちている。今の私には、お前が天使のように見えるのだ」

 その言葉を聞いた瞬間、私の心に冷たい氷の楔が打ち込まれた。
 私は、彼を私だけのものにするために、彼の尊厳を奪い、従順な看護婦としての仮面を被って彼を甘やかした。彼が私を「対等な一個の人間」としてではなく、自らの不自由を埋めるための「無私の聖女」として崇め始めたことは、私の勝利を意味するはずだった。
 だが、それは同時に、私が最も嫌悪した「自己を滅した女」に成り下がったことを意味していた。私は自らの意志で彼を支配したつもりでいたが、実際には、彼の「盲目という名の審美眼」に都合の良い幻想を演じさせられていただけだったのである。
 私は、彼の目を治すために全財産を投げ打ち、名医を呼んだ。
 手術は成功した。卿の目には、再び光が戻ることとなった。

 眼帯が外される日、私は最高に贅を尽くした衣服を纏い、鏡の前に立った。
 私は、彼に現実を見せたかった。私がただの献身的な影ではなく、彼と同じように醜く、気高く、そして火傷の痕を残した一人の女であることを。光の中で、正々堂々と対峙したかった。
 眼帯が落ち、主人の瞳が焦点を結んだ。
 彼はゆっくりと周囲を見渡し、最後に私の顔を凝視した。
 その瞬間、彼の顔を襲ったのは、歓喜でも、驚愕でも、慈しみでもなかった。
 それは、言葉に絶する「嫌悪」であった。
「……これが、私の愛した闇の正体か」
 彼は吐き捨てるように言った。
 光を得た彼が見たのは、私が慈しんできた「精神の美」ではなく、ただの薄汚れた小屋の中に立つ、疲れ果て、顔に火傷を負った、卑俗な小女の姿であった。
 彼が愛していたのは、闇の中で私の声が紡ぎ出した、現実を拒絶した極彩色の幻影に過ぎなかった。光という「理性」を取り戻した彼にとって、私の実存は何の価値もないガラクタに成り果てたのである。

 私は悟った。
 ロチェスターがジェーンを受け入れたのは、彼が弱さを知ったからではない。ジェーンが彼の「欠損」を埋める存在であり続けたからだ。そして、佐助が自らの目を突いたのは、春琴の美しさを永遠に損なわないためであった。
 私は彼に光を与えた。それが彼への最大の復讐であり、そして私自身の、修復不可能な敗北であった。
 主人は、私の顔から目を逸らし、窓の外に広がる平凡な風景を眺めながら、二度と私に言葉をかけることはなかった。
 私は、再び孤独な霧の中へと歩き出す。今度は、もう読むべき文字も、語りかけるべき主もいない。ただ、私の胸の中に、彼と共にいたあの完璧な闇だけが、劫火の如く赤々と燃え続けているのであった。