【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『人魚姫』(アンデルセン) × 『八百比丘尼』(伝説)
鉛色の海が、断崖の際で絶えず喘いでいた。寄せては返す波濤は、岩肌を削る砥石のように冷酷で、そこには生命を祝福する響きなど微塵もなかった。海中という名の深き牢獄に住まう者たちにとって、水面の上にある世界は、光り輝く浄土ではなく、ただ「死」という属性を帯びた、残酷なまでに乾燥した虚無に過ぎない。
その深淵の底、光さえも水圧に圧殺される場所に、彼女はいた。彼女の身を覆う鱗は、真珠の光沢を帯びながらも、その実、硬質な孤独を幾重にも塗り重ねた鎧であった。人魚と呼ばれるその種族にとって、数百年という寿命は恩寵ではなく、緩慢な処刑に等しい。彼らには魂がない。死すれば、ただの白い泡となって、意識の断片すら残さず大海へと霧散する。彼女が求めたのは、愛という名の甘美な幻想ではなく、その先にある「永遠の安らぎとしての死」を得るための資格――すなわち、人間だけが持つという、不滅の魂であった。
嵐の夜、彼女は海辺の廃寺の跡地に、その「女」を見つけた。
女は波打ち際に突き出した老松の根元に座し、数百年もの間、潮風に晒され続けた石像のような静寂を纏っていた。その肌は驚くほど白く、月の光を吸い込んで燐光を放っているようにさえ見える。女の名は、里の者たちが畏怖を込めて囁く「八百比丘尼」であった。
「お前も、私を喰らいに来たのか」
女の声は、枯れ葉が擦れ合うような乾いた響きを持っていた。彼女は海から這い上がり、尾鰭を岩に打ち付けながら女に近づいた。エラが外気に触れ、灼熱の針で刺されるような痛みが全身を走る。だが、その苦痛こそが、彼女が渇望する「生の質感」であった。
「私は魂が欲しいのです。泡となって消えるのではない、永劫の物語に連なるための核が」
人魚がそう告げると、八百比丘尼は悲しげな、それでいて凍てつくような嘲笑を浮かべた。
「魂などというものは、欠落が生む幻想に過ぎない。私はかつて、お前たちの肉を喰らった。その報いとして、私は死を奪われたのだ。八百年、この肉体は朽ちることを忘れ、私の意識は終わりのない昼下がりの中に閉じ込められている。お前が求める魂とは、私が捨て去りたいと願ってやまぬ、この呪われた連続性のことか」
二人の視線が交差する。一方は「終わり」を恐れ、一方は「終わり」を乞うている。
人魚は提案した。自らの肉を、この女に差し出す代わりに、女の持つ「人間としての時間」を譲り受けたいと。アンデルセンが記したような、魔女との等価交換ではない。それは、生存の論理を根底から覆す、捕食者と被食者の転倒であった。
八百比丘尼は、懐から古びた剃刀を取り出した。彼女の指先は震えていない。
「いいだろう。私はこの飽和した時間から解放されたい。お前は、私が歩んできたこの退屈な八百年の重みを、その華奢な足で支えるがいい」
契約は成立した。人魚は自らの尾鰭を裂き、瑞々しい肉を女に差し出した。女はそれを、渇いた獣のような手つきで貪り喰らった。同時に、女は自らの手首を切り裂き、そこに流れる、人魚の肉によって変質した「不死の血」を、人魚の口へと注ぎ込んだ。
激痛が人魚を襲った。尾鰭が左右に分かれ、骨が砕け、肉が再構成される。それは創造の痛みではなく、崩壊を無理やり繋ぎ止めるための歪な外科手術であった。一歩踏み出すごとに、剣山の上を歩くような苦痛が走るという、かつての童話の警告は、ここでは物理的な事実として現出した。なぜなら、彼女が得たのは「人間の足」ではなく、八百年の時間を凝縮した「老いを知らぬ肉」という名の牢獄だったからだ。
一方で、八百比丘尼の身体は、人魚の純粋な肉を摂取したことで、皮肉にもその「不老」の均衡を崩し始めた。彼女の皮膚は急速に枯れ、目は濁り、ついに彼女は、待ち望んでいた「腐敗」という名の自由を手に入れようとしていた。
「ああ、ようやく……泡になれる……」
八百比丘尼は満足げに目を閉じ、その身体は波に洗われるそばから、白い飛沫となって消えていった。彼女は人間でありながら、人魚が最も恐れた「虚無への回帰」を、至高の救済として受け入れたのである。
海岸に残されたのは、完璧な人間の形をした、しかし中身は八百年の孤独を継承した「新しい人魚」であった。
彼女は村へと向かった。そこには、彼女が海の中から憧れていた王子……否、時の権力に執着し、老いを恐れる若き領主がいた。彼女の美しさは、もはや生物の域を超えていた。その瞳には深海の静寂と、八百年の虚無が同居していた。
領主は彼女を溺愛した。彼は彼女の足元に跪き、その白く滑らかな肌を讃えた。彼女が歩くたびに顔をしかめるのを、彼は「高貴な者の繊細さ」であると誤認した。彼女にとって、彼との愛の言葉は、水面に浮かぶ油の虹のように浅薄で、意味を持たなかった。彼女が欲した魂とは、苦痛の先にある救済だったはずだ。しかし、彼女が手にしたのは、死ぬことさえ許されない、絶対的な肉体の持続であった。
数十年が経過した。
領主は老い、醜く歪み、やがて悶絶の中で息を引き取った。彼は死に際、傍らに立つ変わらぬ美貌の彼女を呪った。なぜお前だけが、時間を超越しているのか。なぜお前は、私と共に朽ちてくれないのか。彼の愛は、最後には純粋な憎悪へと変質した。
彼女は、葬列の先頭に立ちながら理解した。
人間が魂と呼んでいたものの正体は、その「有限性」の中にのみ宿る残り火であった。八百比丘尼の血を継ぎ、人魚の肉で補強された彼女の身体は、もはや魂を宿すための空隙すら持たなかった。彼女は、アンデルセンの人魚姫が望んだ「不滅の魂」を得るために、日本古来の「不滅の肉体」を手に入れてしまったのだ。
それは、完璧な皮肉であった。
彼女は死なない。王子(領主)が何代入れ替わろうとも、彼女はその美貌を保ったまま、潮風の吹く崖の上に立ち続ける。足裏に走る鋭い痛みは、彼女が「人間」という種に属していないことを告げる唯一の脈動として、永劫に繰り返される。
彼女は再び、あの老松の根元に座した。
海を見下ろすと、そこにはかつての自分のような、無垢な眼差しをした人魚たちが、水面を窺っているのが見える。彼女は、懐に隠し持っていた、あの時の剃刀を指でなぞった。
彼女が次に為すべきことは、決まっている。
いつか、この渇いた地上に絶望し、魂を求めてやってくる「次の犠牲者」が現れるまで、彼女は八百年の時を、ただの肉の塊として刻み続けるのだ。
海は、相変わらず鉛色に濁っている。そこには救いもなければ、悲劇さえない。ただ、循環を拒絶された生命の、悍ましいまでの持続があるだけだった。
波打ち際で、一つの泡が弾けた。それはかつての八百比丘尼だったものか、あるいは、ただの物理現象としての飛沫か。彼女にはもう、それを確かめる術も、興味もなかった。
空には、欠けた月が冷ややかに浮かんでいる。その光は、彼女の鱗のない白い脚を、まるで葬送のヴェールのように、静かに照らし出していた。