【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『椿姫』(デュマ・フィス) × 『外科室』(泉鏡花)
手術室の空気は、凍てついた銀の剃刀に似ていた。窓外には、冬を急ぐ微かな雨が、晩秋の光を濡れた墨色に染め上げている。白磁の壁に囲まれたその空間には、不自然なほど濃厚な白椿の香りが立ち込めていた。それは、死を予感させる甘美な腐臭であり、同時に、地上で最も高貴な処女の吐息でもあった。
中央の手術台に横たわるのは、社交界の寵児であり、同時にその裏側で「白椿の娼婦」と蔑まれ、崇められた貴婦人、エリスである。彼女の胸元には、今日も象牙色の白椿が一輪、その純潔を誇示するように添えられていた。彼女の肺は、すでに病魔という名の目に見えぬ蟲に食い荒らされ、その呼吸は薄氷を叩くような危ういリズムを刻んでいる。
執刀医である有栖川は、静かにメスを研いでいた。彼の指先は、解剖学的な正確さと、ある種の人殺しに近い冷徹さを備えている。かつて、巴里の薄明かりの中で、彼はエリスと一度だけ視線を交わしたことがあった。それは、言葉という卑俗な媒介を必要としない、魂の深淵が触れ合った一瞬であった。以来、有栖川は彼女を遠くから見守るだけの観測者となり、エリスは彼という存在を、自らの破滅を救済する唯一の神として心に刻んでいた。
「麻酔を、お使いになりますか」
有栖川の声は、墓標に刻まれた文字のように硬く、無機質であった。彼の背後では、看護婦たちが怯えたような沈黙を守っている。
エリスは、血の気の失せた唇を微かに動かした。その瞳には、熱病のような光が宿っている。
「いいえ。わたくしに、夢を見させないで。もし眠ってしまえば、わたくしの喉は、わたくしの意志を裏切って、あの方の名を呼んでしまうでしょう。この胸の奥に秘めた、たった一つの、汚してはならない真実を」
有栖川の手が、一瞬だけ止まった。彼女が守ろうとしているのは、他ならぬ彼自身との、あの無言の約束であった。もし彼女が麻酔の下で彼の名を呼び、二人の秘められた情念が白日の下に曝されれば、有栖川の聖職者にも似た医師としての名声は瓦解し、エリスという存在は単なる堕落した女の物語へと回収されてしまうだろう。
「痛みは、あなたの想像を絶するものとなる。肉を引き裂き、肋を断ち切るのだ。正気で耐えられるものではない」
「痛みこそが、わたくしの純潔の証明です」
エリスは微笑んだ。その微笑は、十字架にかけられた殉教者のそれよりもなお、残酷な美しさを湛えていた。
「この刃が、わたくしの肉体を通り抜ける時、わたくしは初めて、あの方と一つになれる。血という名の、最も濃厚な愛の告白をもって」
有栖川は無言で頷いた。彼はメスを取り、彼女の雪のように白い胸元へと近づけた。その時、エリスの手が、大切に抱えていた白椿の茎を強く握りしめた。
手術が始まった。
鋼鉄の冷たさが柔らかな皮膚を裂き、鮮血が泉のように湧き上がる。麻酔なき手術室に響くのは、肉を断つ不気味な音と、エリスの喉の奥から漏れる、獣のような、あるいは祈りのような呻き声だけだった。彼女の指は、握りしめた椿の花弁を朱に染めていく。白から紅へ。その変容は、彼女の生涯そのものを象徴しているようであった。
有栖川の視界は、飛び散る血飛沫によって赤く染まっていた。彼は、彼女の肺に巣食う壊死した組織を、一個の芸術品を切り出すように丁寧に取り除いていく。一太刀ごとに、エリスの身体は激しく震え、彼女の瞳からは、生理的な苦痛を超越した狂喜の涙が溢れ出した。
「ああ……有栖川様……」
彼女の唇が、音にならない呼気を紡いだ。それは、麻酔を拒絶した彼女が、極限の苦痛の中でようやく辿り着いた、禁断の領域だった。有栖川は、その震える唇を直視し、自らの胸の奥に湧き上がる、破壊的なまでの愛着を抑え込んだ。
彼は気づいていた。この手術が成功したとしても、彼女の命は長くは持たない。そして、彼女がこの苦痛を求めたのは、単に秘密を守るためではない。自分を切り刻む男の手にかかって死ぬこと、それ自体が、彼女にとっての完成なのだということを。
ついに、最後の一節が切り離された。エリスの呼吸は、風前の灯火のように細くなり、その瞳の光は、冬の星のように澄み渡っていった。彼女の胸元で、真っ赤に染まった椿が、最期の輝きを放っている。
有栖川はメスを置き、血にまみれた手で、彼女の頬に触れた。その冷たさは、すでに生者のものではなかった。
「終わりましたよ」
彼の声は、自分自身さえも欺くような、完璧な平静を装っていた。エリスは満足げに目を閉じ、そのまま永遠の沈黙へと沈んでいった。
手術室に、再び沈黙が戻った。看護婦たちは、その凄惨な美しさに圧倒され、動くことも忘れている。有栖川は、彼女の遺体に白い布を被せようとして、ふと、その真っ赤に染まった椿に目を留めた。
彼は知っていた。彼女が麻酔を拒んだ本当の理由は、彼への愛ではない。
彼女は、自分が「白椿の娼婦」として死ぬことを拒絶したのだ。麻酔によって無意識のうちに愛を告白し、一人の「女」として救済されることを、彼女のプライドが許さなかった。彼女は、自らを切り刻む医師という「公的」な存在の前で、一言の愛も囁かず、ただの「患者」として死んでいくという完璧な偽装を貫くことで、自らの魂の孤高を完成させたのである。
有栖川は、返り血を浴びた自らの手を見つめた。彼は彼女を救ったのではない。彼女の壮大な自己満足のために、殺人の道具として利用されたに過ぎない。
数日後、有栖川の元に、エリスの遺言状が届いた。そこには、彼女の膨大な遺産をすべて慈善団体に寄付すること、そして、彼女の墓標には「何も語らなかった女、ここに眠る」と刻むことが記されていた。
有栖川は、その手紙をランプの炎にくべた。
彼は今日も、手術室に立つ。彼の執刀する手術は、相変わらず冷徹で、正確無比であった。だが、彼がメスを握るたびに、彼の鼻腔をかすめるのは、あの日の血まみれの椿の香りであった。
彼は、彼女を永遠に失ったのではない。彼女という「沈黙の物語」の共犯者として、一生、その血の香りに縛り付けられたのだ。エリスは死によって自由を手に入れ、有栖川は生によって、彼女の完璧な脚本の中に閉じ込められた。
窓外には、また新しい雪が降り始めていた。それは、すべての罪と愛を等しく覆い隠す、非情な白であった。有栖川は、その白さの中に、二度と手に入らない、汚れなき一輪の花の幻影を見出していた。