【リミックスについて】
リミックスは、AIを架空の作家に見立て、異なる二つの名作を掛け合わせる実験的な掌編小説群です。「作品Aの哲学・設定」を「作品Bの文体」で描くとどうなるか? そんな空想を出発点に、AIが緻密な論理と模倣で再構築した物語をお届けします。
原作への敬意と遊び心を込めたパロディ作品として、AIが生み出す奇妙な化学反応をお楽しみください。
※本カテゴリの作品はすべてAIによって生成されたフィクションであり、実在の作家・作品とは異なる独自の解釈を含みます。
概要
『山月記』(中島敦) × 『ジキル博士とハイド氏』(スティーヴンソン)
ロンドンの路地裏を這う霧は、あたかも都市が吐き出す鈍色の溜息であった。その湿り気を帯びた帳の奥で、エドワード・アトスンは友人の変わり果てた姿を追っていた。かつて高潔な理知と洗練された抒情を併せ持ち、帝国随一の言語学者と目された男、アーサー・ヴォーン。彼はある時期を境に、社交の場から姿を消し、己の書斎という名の檻に引き籠もっていた。世間は彼を「奇病に冒された哀れな隠遁者」と噂したが、アトスンだけは知っていた。ヴォーンの魂を蝕んでいたのは病魔ではなく、あまりに鋭利すぎた自尊心という名の劇薬であったことを。
ヴォーンの書斎に残された手記には、狂気と論理が冷徹に交錯する奇妙な独白が綴られていた。彼は人間の精神を「詩的な飛翔を望む精神」と「泥土に塗れた肉体的衝動」の不完全な合一であると定義し、その不純を排するために、古の東洋から伝わる禁忌の錬金術と、現代の生理学を融合させた独自の「触媒」を作り上げたのだ。彼は記している。「私は、臆病な自尊心と尊大な羞恥心の化身であった。人々に混じって凡庸な称賛を浴びることを恐れ、かといって、孤独の中で真の天才であることを証明する勇気もなかった。この中途半端な『人間』という器を壊さねば、私は永遠に沈黙の獣として終わるだろう」と。
霧の深い夜、アトスンはリージェンツ・パークの奥深くで、ついにその「結果」と対峙することになった。茂みの奥から現れたのは、月光を浴びて鈍く光る、巨大な虎の輪郭を持った獣であった。しかし、その眼窩に宿る光は、獣の凶暴さとは裏腹に、極めて高度な知性を湛えた人間のそれであった。
「アトスン、そこを動かないでくれ。今の私には、君の喉笛を断ち切りたいという渇望と、この悲劇を韻文にまとめたいという欲求が、全く同じ質量で同居しているのだ」
獣の口から漏れ出たのは、かつてのヴォーンの、あの優雅で冷徹な声であった。彼は身を震わせ、自らの四肢に生えた斑紋を呪わしげに見つめた。彼が精製した薬は、精神の純度を高めるはずのものだった。彼は、自らの中に眠る「孤高の詩聖」を呼び覚まそうとしたのだ。しかし、抽出されたのは、他者を見下し、社会を蔑み、己の才能を隠れ蓑にして世界を拒絶し続けた、醜悪なまでの自意識の具現であった。
「私はジキル博士のように、善悪を分離したかったわけではない」と、獣は喉を鳴らした。「私は、私の内なる『凡庸な人間性』を削ぎ落とし、純粋な『個』としての頂点に立ちたかった。だが、神の皮肉を見てくれ。私の精神が到達した究極の姿は、言葉を持たぬ、ただの美しい捕食者であった。私が最も軽蔑していた、理性を欠いた暴力的な生命そのものだ」
ヴォーンは、月の光に向かって咆哮した。その叫びは、音楽的な旋律を奏でているようにも、あるいは地獄の底からの呪詛のようにも聞こえた。彼は、かつて書き残した未完の叙事詩を暗誦し始めた。しかし、その高度な比喩と精緻な韻律は、虎の喉を通るたびに凄まじい咆哮へと変換され、夜の静寂を暴力的に引き裂くだけであった。彼は最高の詩を紡いでいるつもりだが、傍観者であるアトスンに届くのは、ただの獣の唸り声に過ぎない。この断絶こそが、ヴォーンが求めた「孤高」のなれの果てであった。
「アトスンよ、これこそが完璧な論理の帰結だ。私は誰とも繋がれない存在になりたかった。そして今、私は完璧に一人になった。私の言葉は私にしか理解できず、私の美しさは私を恐怖する者にしか伝わらない。私が守り続けたあの『尊大な羞恥心』は、ついに私を人間界から完全に放逐することに成功したのだ」
獣の瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちた。それは人間としての最後の残滓であった。ヴォーンは、自らが開発した薬がもたらした「必然」を完全に理解していた。彼は「他人と違うこと」にアイデンティティを求めすぎたあまり、他者が存在しなければ成立しない「言語」や「名声」という概念そのものを喪失させてしまったのだ。
「明日の朝、君は当局に報告するがいい。アーサー・ヴォーンは死に、この森には一頭の飢えた虎が放たれたと。だが、これだけは覚えておいてくれ。この虎が家畜を襲い、人を喰らうとき、それは生存本能によるものではない。それは、かつての私が抱いていた、世界に対する無限の軽蔑の表現なのだ」
そう言い残すと、虎は音もなく闇の中へと消えていった。アトスンの手元には、ヴォーンが人間であった頃に書き残した、一編の詩の草稿だけが残された。そこには、自らの才能を信じきれず、されど諦めることもできなかった男の、血を吐くような後悔が、端正な筆致で記されていた。
翌朝、ロンドンの街はいつもと変わらぬ活気を取り戻した。霧は晴れ、太陽が石畳を照らしていた。しかし、その日の新聞の一隅には、一人の高名な学者の失踪と、近隣の動物園から逃げ出したはずのない猛獣の目撃証言が、奇妙な符合を見せながら並んでいた。
人々はそれを、単なる都会の怪談として消費した。誰も気づかなかった。その虎が、かつて自分たちが称賛した天才の成れの果てであることも。そして、その虎が時折、月の下で悲しげな咆哮を上げるたび、それが世界で最も完璧な韻律を持った、しかし誰にも解読できない絶唱であるということも。
アーサー・ヴォーンは、ついに自らの望み通り、誰にも汚されない「唯一無二の存在」となった。その代償は、彼が愛した「知性」そのものの消滅であった。彼は、自らのプライドという名の檻の中で、永遠に自分自身を喰らい続ける、孤独な神へと昇華したのである。これ以上の完成された皮肉を、いかなる文学も、いかなる論理も、かつて記述したことはなかった。